桜の国チェリンと七聖剣【十八】
紙コップを手にした会長は「隣、いいかしら?」と言って、可愛らしく小首を傾げた。
「えぇ、どうぞ」
俺はコクリと頷き、レジャーシートに散らばったはなびらを軽く手で払う。
「ふふっ、ありがと」
彼女は嬉しそうに微笑み、ゆっくりとそこへ腰を下ろした。
「んー……っ。お日様が本当に気持ちいいわ。今日は絶好のお花見日和ね」
「天気予報によれば、これから一週間はずっと晴れるみたいですよ? 本当にとてもいいタイミングで来れました」
「それもこれも、きっとお姉さんの日ごろの行いがよかったからでしょうねぇ……」
会長はそう言って、「うんうん」と頷いた。
「あはは、そうかもしれませんね」
「むっ、今冗談だと思ったでしょ!」
「さて、それはどうでしょうか?」
そんな風に冗談を交わした後――俺たちはどちらからともなく、億年桜を見上げた。
「それにしても本当に綺麗ねぇ……」
「えぇ、そうですね……」
その後、
「……」
「……」
幾ばくかの時が流れ、二人の間に沈黙が訪れた。
しかし、それは息苦しさや居づらさを感じさせるものではない。
同じ桜を見上げ、同じ感動を抱き、同じ時を共有する。
そんなとても幸せな沈黙だった。
それから俺と会長は揃って温かいお茶に口を付け、
「「ふぅ……」」
二人同時にホッと息を吐き出した。
「ふふっ、真似しないでくれるかしら?」
「あはは、会長の方こそ」
なんとも言えないおかしさを感じ、俺たちはクスクスと笑い合う。
「……でも、本当にここは平和ね」
彼女は周囲の花見客を見やりながら、そんな感想をこぼした。
「そうですね。ただ『嵐の前の静けさ』じゃなければ、いいんですけど……」
「もう、そんな怖いことは言わないでくれるかしら?」
会長はそう言って、俺の脇腹を肘でぐりぐりと突く。
「っと、すみません」
俺は苦笑を浮かべ、手元の紙コップに口をつけた。
(でも実際これから、どうなっていくんだろうな……)
近年の国際情勢は、かつてないほどに不安定だ。
新聞・ラジオなどでは連日のように黒の組織のニュースが流れており、実際俺は何度も奴等と斬り合ってきた。
(それに何より、この平穏な時間の裏では世界規模の会議が開かれている)
会長の話によれば、天子様やロディスさんなどの各国首脳陣や人類最強の七剣士――『七聖剣』が四人も出席するらしい。
そしてその議題は、『神聖ローネリア帝国への対応』という話だ。
(帝国と即時開戦するのか、しばらく様子を見るのか、それともまた別の方策を打ち立てるのか……)
なんにせよ。
今やもう、いつ五大国と神聖ローネリア帝国の『全面戦争』が始まるかわからない状況だ。
(……もっと強くならないとな)
謎に包まれた神聖ローネリア帝国の皇帝バレル=ローネリア。
セバスさんをはじめとした皇帝直属の四騎士。
『呪法』という恐ろしい力を操り、帝国と手を結んだ魔族。
これから戦っていく敵は、今までよりも遥かに強い。
(リアやみんなを守るためには『力』が必要だ……)
そのためには、やはり素振りを続けるしかないだろう。
俺が一人そんなことを考えていると、
「――アレンくん、温かいお茶はいかがかしら?」
保温瓶を手にした会長が気を利かせてくれた。
「ぜひ、いただきます」
彼女にお茶を汲んでもらった俺は、温かいうちにゴクリと口へ含んだ。
「あぁ……っ」
そうして白い息を吐き出すと、
「ふふっ」
こちらを横目で見ていた会長が、何故かクスリと笑った。
「えーっと、どうかしましたか?」
「いえ、ごめんなさい。アレンくんの仕草が、なんだか爺ちゃんみたいだなぁって、思っちゃったのよ」
「あぁ、なるほど。……でも、もしかすると本当にお爺ちゃんかもしれませんよ?」
実年齢こそ十五歳だが、精神年齢は十数億と十五歳。
お爺ちゃんどころか、もはや『仙人』の領域に足を踏み入れている。
「もう、お姉さんより年下なのに何を言っているのかしら?」
「あはは、ちょっとした冗談ですよ」
こうしてしばらく会長と談笑した後は、リアやローズたちも交えてみんなで花見を楽しんだ。
(あぁ、こんな幸せな時間がいつまでも続けばいいのになぁ……)
俺はそんな感慨にふけりながら、ゆっくりと温かいお茶をすするのだった。




