桜の国チェリンと七聖剣【十七】
アークストリア家の使用人に案内された俺たちは、億年桜を正面に捉えた絶好のお花見スポットへ到着した。
「――それではお嬢様、私共はこの辺りで失礼させていただきます。もし何かございましたら、こちらの小型無線機でお呼びください」
集団の先頭に立つ老紳士はそう言って、会長へ黒い無線機を手渡す。
「えぇ、どうもありがとう」
「とんでもございません。どうか楽しいひと時をお過ごしくださいませ」
彼らは深々と頭を下げ、どこかへ歩き去っていった。
(それにしても、本当に至れり尽くせりだな……)
レジャーシートの上には、いかにも高そうな三段重ねの大きなお弁当箱が六つも並んでいる。
しかもその隣には、お手拭き・割り箸・紙のお皿とコップ、さらには水・お茶・果実水と様々な飲み物まで置かれていた。
これ以上ないほど整えられた、完璧なお花見セットだ。
「さて、それじゃ準備を始めましょうか!」
会長の元気な号令のもと、俺たちはそれぞれ動き出した。
まずはお手拭きで手を綺麗にしてから、紙コップに飲み物を注いでいく。
俺とローズと会長は、保温瓶で温められたお茶。
リアとリリム先輩とフェリス先輩は、それぞれの好きな果実水。
それから割り箸と紙のお皿がみんなの手元に行き渡ったところで、いよいよお弁当箱を開く。
するとそこには――おにぎりやサンドイッチ、一口サイズのから揚げや玉子焼き、サラダに色とりどりのフルーツとたくさんの料理が詰まっていた。
「おぉ、これは豪華だな……!」
俺がそんな感想を口にすると、
「お、おいしそう……っ!」
「色合いも申し分ないな……!」
リアとローズは興奮した様子でそう呟き、
「ふふっ、いい出来栄えね!」
「うぉおおおお! もはや我慢ならんぞ!」
「もうお腹ぺっこぺこなんですけど……!」
会長たちも目をキラキラと輝かせた。
それから俺たちはみんなで両手を合わせ、
「「「「「「――いただきます!」」」」」」
賑やかで楽しい花見を始めたのだった。
『花より団子』のリアとリリム先輩は、
「あっ!? ちょっと、リリム先輩! それ、私のお肉ですよ!?」
「ふっふっふっ、甘いぞ! こういうのは早い者勝ちだぁ!」
「くっ、負けませんよ!」
二人で争いを繰り広げながら、所狭しと並んだ料理を取り合っていた。
そしてローズとフェリス先輩――『朝に弱いコンビ』は、きっとどこか波長のようなものが合うのだろう。
「やはり桜は美しいな……」
「ずーっと見ていられそうなんですけど……」
二人してぼんやり桜を見上げながら、サンドイッチをかじっていた。
俺はそんな楽しげな光景を見ながら、温かいお茶に口を付ける。
(あぁ、平和だなぁ……)
激動の一年を乗り越えた、『ご褒美』とでも言えばいいのだろうか。
ここ一か月ほどは、とても静かで落ち着いた時間を過ごせていた。
(だけど、もうそろそろ限界だ……っ)
俺は今日――たったの一度も剣を振っていない。
(リーンガード皇国から、桜の国チェリンへ。時差を考慮すれば、もう十時間以上になるだろうか……)
意識がしっかりしていながら、十時間以上も素振りをしない。
はっきり言って、これは異常事態だ。
強烈な『素振り欲』がドクンドクンと脈を打ち、一瞬でも気を抜こうものならば、すぐに剣を抜いてしまいそうだった。
(でも、さすがにそれはマズい……っ)
みんなで花見を満喫している中、一人黙々と剣を振るのは……常識的にどうかと思われた。
『空気が読めない』にも限度というものがあるだろう。
それに他の花見客の迷惑になってしまう。
(しかし、この衝動をどうすれば……!?)
体が素振りを求めている。
いや、もしかしたら素振りの方が俺のことを求めているのかもしれない。
(ふぅー……。落ち着け、落ち着け……。こういうときは、何か素振り以外のことを考えるんだ)
大きく息を吐き出せば、自然と目の前にそびえ立つ億年桜へ視線が移った。
(……本当に綺麗だな)
天から舞い落ちる鮮やかな桜のはなびらを見ていると、少しずつ素振り欲が治まってきた。
そうして桜を楽しみながら温かいお茶を口に含めば、
「――ねぇ、アレンくん。隣、いいかしら?」
いつの間にか左隣に立っていた会長が、可愛らしく小首を傾げてそう問い掛けてきたのだった。




