桜の国チェリンと七聖剣【十六】
眼前に広がるは、満開の億年桜。
黒く染まった幹は、これまで見たことがないほど太ましい。
たとえ大人百人が手を繋いだとしても、あの大樹を囲うことはできないだろう。
幹の下には太い根が張り巡らされ、しっかりと大地を掴んでいる。
樹高は高く、天まで届くのではないかと錯覚してしまうほどだ。
そして太陽の光に照らされた桜のはなびらは、まるで色鮮やかな宝石のようだった。
(凄い……っ)
雄大な自然の力と時の重みを感じさせる。
旅行雑誌に書かれてあった通り、まさに『世界最高の桜』だ。
そしてその美しさに魅せられたのは、俺だけじゃなかった。
「うわぁ、綺麗……っ」
リアは感動のあまり息を呑み、
「何度見ても、やっぱり凄いわねぇ……」
「あぁ、永遠と見ていられるな……!」
「時間が経つのを忘れてしまうんですけど……」
会長・リリム先輩・フェリス先輩も、その力強い美しさに心を奪われていた。
しかし、そんな中でただ一人――ローズだけは悲しげな表情を浮かべ、
「また……少し弱ったな」
とても小さく、弱々しい声でそう呟いた。
(……弱った?)
それは桜に対する表現として、どこか引っ掛かりのあるものだ。
(元気がないな……。どうしたんだろうか?)
俺が声を掛けようかどうか迷っていれば――いかつい人相をした黒服の集団が、前方からゆっくりこちらへ近付いてくるのが見えた。
(……誰だ?)
黒の組織の衣装とは違うようだけど……。
歩き方を見れば一目瞭然、彼らは決して一般人じゃない。
人並み以上の修業を積んできた、剣士の集団だ。
俺はいつでも『闇』を展開できるようにしつつ、腰に差した剣へスッと右手を伸ばした。
すると、
「――お待ちしておりました、お嬢様」
黒服の集団はそう言って、恭しく会長へ頭を下げた。
(これは……。なるほど、そういうことか……)
どうやらこの人たちは、アークストリア家の使用人のようだ。
「あら、まだ『合図』も出していないのに……。よく私たちの居場所がわかったわね?」
会長がそう問い掛けると、
「恐縮にございます。『アレン様御一行へは、最高のおもてなしを』とロディス様より申し付けられております故、常に全方位へ意識を向けておりました」
集団の先頭に立つ老紳士は、はきはきとした口調で返答をした。
「既に別の部隊が、場所取りを済ませております。さっ、どうぞこちらへ」
そうして使用人の方々に案内された俺たちは、花見客でごった返しになった空き地を進んで行く。
それからしばらく歩き続ければ、
(これは、まさに絶好の位置取りだな……!)
正面に億年桜を捉えた、これ以上ないほど完璧な場所に大きなレジャーシートが敷かれてあったのだった。




