桜の国チェリンと七聖剣【十二】
リアの視線の先にあった桜物は、美しいアクセサリーだった。
(桜色の指輪……一万ゴルド、か……)
高い。
……いや、あれが指輪ということを考慮すれば、一般的にはかなり安いと言えるかもしれない。
しかし、俺の金銭感覚とお財布事情からすれば、一万ゴルドという値段はとてつもなく高い。
(でも、なんであんなに難しい顔をしているんだ……?)
リアは俺なんかとは比べ物にならない、超が付くほどの大金持ちだ。
(一万ゴルドくらいなら、悩むこともなさそうなんだけどな……)
ぼんやりそんなことを考えた次の瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。
(そ、そう言えば昔、ポーラさんが言っていたぞ……っ)
あれは確かそう、彼女の誕生日のことだ。
当時十二歳だった俺は『日頃お世話になっているお礼に』と、ポーラさんへエプロンをプレゼントする計画を立てた。
(ちょっと遠出をして、隣町まで探しに行ったんだけど……。二メートル以上のサイズが全然見つからず、慣れない人混みの中で困り果てていったっけか……)
あのときの不安な気持ちは、今でもはっきり覚えている。
あちこち探し回ったものの、ぴったりのエプロンは見つからず……。
結局、太陽が沈み出した頃に近くのお店で、一番大きいエプロンを買うことになった。
でも、それはポーラさんの巨体と照らし合わせれば、一目で『小さい』とわかるものだ。
そしてその晩、サイズの合っていないエプロンを受け取った彼女は――それはもう大喜びして舞い上がった。
不思議に思った俺が「そんなに高いものじゃないし、サイズも違う。それなのに、どうしてそんなに喜んでくれたのか?」と問い掛けたところ、ポーラさんは迫力のある笑顔でこんなことを言った。
【いいかい、アレン? 女の子ってのはね、『プレゼント』に滅法弱い生き物なんだよ。そうさねぇ……将来あんたに想い人ができたそのときは、気持ちの籠ったプレゼントを贈るといい。大事なのは見てくれや値段じゃない、その人を想う気持ちだよ!】
(もしかしたら、今この瞬間がポーラさんの言っていた『そのとき』なのかもしれない……っ)
三年前の助言を思い出した俺は、ひとまず探りを入れてみることにした。
「――なぁ、リア」
そんな風に彼女へ声を掛けると、
「うひゃぁ!? あ、アレン……いつの間に!?」
リアは素っ頓狂な声をあげ、両手を胸にあてた。
どうやら、少し驚かせてしまったようだ。
「わ、悪い。難しい表情をしているのが見えたから、ちょっと気になってさ」
「そ、そっか……。ありがと、なんでもないから大丈夫よ」
彼女はそう言って、ほんの一瞬だけ桜色の指輪へ視線を送った。
俺はその刹那を見逃さず、さりげなく話題を振る。
「それ、綺麗な指輪だな」
「え、あ、う、うん……っ」
急に指輪の話を振られた彼女は、しどろもどろになりながらもコクリと頷いた。
「き、綺麗、だよな……っ」
「そ、そうね……っ」
「……」
「……」
二人の間に、なんとも言えない微妙な沈黙が降りる。
(こ、これはどうなんだ……!? 俺はいったいどうすべきなんだ……っ!?)
押すべきなのか、撤退すべきなのか。
(万が一、プレゼントを贈ろうとしてあっさり断られてしまったら……?)
そう考えるだけで、背筋にゾッとしたものが走った。
それでも、
(ここで逃げたら駄目だろ……!)
今こそ――勇気を振り絞って『勝負』に出るべき局面だ。
そうして臆病風に吹かれる自分を叱り付けた俺は、ついに大きな一歩を踏み出した。
「そ、その指輪、欲しいのか?」
「え、えーっと……。そ、それはその……っ」
リアは大きく目を見開いた後、もごもごと口籠り――最終的には見上げるようにして視線だけをこちらへ向けた。
(この反応、間違いない……!)
やはり思った通り、今この瞬間が『決戦の時』のようだ。
(よし、やるぞ……っ)
俺は覚悟を決め、大きく息を吐き出し――はっきりと告げた。
「も、もしリアさえよかったらなんだけど……。その指輪、俺にプレゼントさせてくれないか……?」
すると次の瞬間、
「ほ、ほんと……!?」
彼女はその大きな目をキラキラと輝かせ、顔をぐぐっとこちらへ近付けてきたのだった。




