桜の国チェリンと七聖剣【十】
自分の荷物をアークストリア家の別荘へ預けた俺たちは、早速桜の国チェリン巡りを開始した。
「――ヴェステリア王国ともリーンガード皇国とも違って、とても独特な街並みね! ふふっ、なんだかワクワクしてきたわ!」
リアは異国情緒あふれる景観に興奮しており、キラキラと目を輝かせた。
「……懐かしいな。あの店、まだ潰れていなかったのか……」
すっかり眠気から覚めたローズは、どこか優しい表情でグルリと周囲を見回す。
「慣れ親しんだオーレストの街もいいけれど……。ここみたいに全く文化の異なる国へ行くのも、刺激的でけっこう好きなのよね!」
「わかるぞ、シィ! まるで別世界に迷い込んだようなこの感覚……たまらなくゾクゾクするな!」
「異文化に触れるのは、海外旅行の醍醐味なんですけど……!」
会長たちも異国の空気を堪能しているようで、俺たちはとても楽しげな雰囲気に包まれた。
そんな中、
(なるほど、ここが桜の国チェリンか……)
俺はこの春合宿へ出発する前に読んだ、とある旅行雑誌の記事を思い出していた。
桜の国チェリンは四方を海に囲まれた孤島で、五大国『ポリエスタ連邦』を形成する小規模国家群の一つだ。
元々は誰一人として住んでいない無人島だったが、島の南端に咲き誇る国宝『億年桜』――その美しさに魅了された人々が続々と移り住み、やがて一つの国となった。
そういった歴史的な背景もあって、億年桜へ近付けば近付くほど街はどんどん発展していくそうだ。
(それにしても、ここには『不思議な魅力』があるな……)
ざっと周囲を見回せば、古い木造建築ばかりが目に付く。
鉄骨造りはおろか、石造りの家さえ見当たらない。
(一見すれば、今にも倒壊しそうな家の集まりのようにも見えるが……)
よくよく目を凝らせば、そこには木々の強さや重さ――そういった『自然の迫力』が備わっていた。
きっとこれが独特な風情を生み出しているのだろう。
(しかし、本当に凄い人だな……)
島の南端に位置する億年桜からは、まだかなり距離があるはずなのに……。
右を見ても左を見ても、たくさんの観光客の姿が目に付いた。
世界的な観光地ということもあってか、人種も衣装もバラバラだ。
(商人の街ドレスティアとは、ちょっと違うな……)
あそこにあった華々しい活気とは、また少し毛色が違う。
ここにあるのは、もっと穏やかで優しい感じの活気だ。
そうして軽く五分ほど人混みを歩き、『チェリンの空気』を満喫したところで、
「――それじゃそろそろ、『桜物』を買いましょうか!」
先頭を進む会長がクルリと振り返り、そんな提案を口にした。
「桜物――確か、桜模様の入った衣装のことですよね?」
「えぇ、よく知っているわね。ここ桜の国チェリンでは、桜模様の入った衣装――桜物を身に付ける慣わしがあるのよ。まぁ絶対ってわけじゃないんだけど、せっかく来たんだから思い出にと思ってね。……どうかな?」
彼女はそう言って、コテンと小首を傾げた。
「はい、とてもいい思い出になると思います」
「私も賛成です!」
「故郷の慣わしだ。当然、異存はない」
「右に同じだ!」
「もちろん、賛成なんですけど!」
こうして満場一致で桜物の購入を決めた俺たちは、ちょうど近くにあった『桜商店』というお店へ向かったのだった。




