桜の国チェリンと七聖剣【九】
『人生ゲームの無限ループ』から脱出した俺は、機内の通路でホッと一息をつく。
(ふぅ、リアたちの負けず嫌いは筋金入りだな……)
そんなことを思いながら真っ直ぐ進み、仮眠室へ到着する。
念のために部屋の扉をノックしてみたが――返事はない。
多分、まだぐっすり眠っているのだろう。
「ローズ、フェリス先輩……入りますよ?」
少し大きめにそう言ってから、ゆっくり扉を開けるとそこには――すやすやと規則的な寝息を立てる二人の姿があった。
(……よく寝ているな)
ローズは横向きになって顔の前で両手を合わせながら、とても気持ちよさそうな寝顔を浮かべている。
そのピンクがかった美しい銀髪と長いまつ毛には、否が応でも目を惹き付けられてしまう。
ベッドシーツにはほとんど皴がなく、寝相はかなりいい方みたいだ。
その一方でフェリス先輩は、顔を枕に押し当てながら眠っていた。
ベッドシーツは皴だらけだし、あまり寝相はよくないらしい。
「――ローズ、起きてくれ。そろそろチェリンに到着するぞ?」
そうして肩を優しく揺すってあげると、
「ん、んん……っ」
彼女はゆっくりと上体を起こし、ポテリと女の子座りをした。
「ふわぁ……。……おはよぅ、アレン」
可愛らしい欠伸をしながら、ゆっくりと体を伸ばす。
「あ、あぁ、おはよう……っ」
寝起きの彼女には色香のようなものがあって、胸の鼓動がドクンドクンと速まるのがわかった。
「え、えーっと……っ。ちゃ、着陸のときはシートベルトを付けないと危ないからさ……。そろそろみんなのところへ戻ろう?」
「……うん、わかった……ありがと」
ローズはそう言って、まだしっかりと開いていない目を擦った。
「――フェリス先輩、起きてください。後もう十分もしないうちに、チェリンへ到着しますよ?」
「ん……っ。ん、ふわぁ……了解したんですけど……っ」
それから俺はまだ目の開き切っていない二人を連れて、リアたちのいる部屋へ戻った。
およそ十分後。
飛行機は無事着陸に成功し、桜の国チェリンへ到着した。
俺たちはそれぞれの荷物を持って、飛行機から降りていく。
まばゆい光に顔をしかめながら、ゆっくりと目を開けるとそこには――一面の『桜世界』が広がっていた。
「こ、これは……!」
風に乗ってひらひらと舞い散る美しい桜のはなびら。
優しく暖かな太陽の光。
『春』を感じさせるにおい。
そこには人の心をがっしりと掴む『風情』のようなものがあった。
(あぁ、確かにここはいいところだな……っ)
チェリンが世界的な観光地だということは、この地に降り立った瞬間に理解できた。
俺がそうして春の空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、
「わぁ、綺麗……!」
「ずいぶんと懐かしいにおいだな……」
リアは眼前に広がる美しい景色に声を上げ、ローズは故郷を懐かしむように呟いた。
そして、
「んー……っ。やっぱりここは、暖かくて気持ちがいいわね!」
「あぁ! なんかこう……体を動かしたくなってくるな!」
「桜のいいにおいがするんですけど……」
会長・リリム先輩・フェリス先輩は大きく伸びをして、早速チェリンの『春』を満喫していた。
「――さてと、それじゃまずは荷物を預けましょうか? この近くにアークストリア家の別荘があるから、付いて来てちょうだい」
会長はそう言って鼻歌交じりに歩き始め、俺たちはその後に続く。
(桜の国チェリン、か……)
暖かい気候、美しい桜、道行く人たちはみんな笑顔を浮かべている。
(数年後、俺が聖騎士か魔剣士になってちゃんと給金をもらえるようになったら……。母さんも連れてきてあげたいな……)
俺はぼんやりそんなことを考えながら、アークストリア家の別荘へ向かったのだった。




