桜の国チェリンと七聖剣【七】
会長とリアとリリム先輩から『イカサマ疑惑』をかけられた俺は、すぐにはっきりとそれを否定する。
「当然ですが、イカサマなんてしていません。そもそもこの人生ゲームは、会長が準備したものなんですよ? 俺が何か細工を施すような時間や隙は、どこにもありません」
そうして至極真っ当な意見を口にすれば、
「そ、それは……っ」
「た、確かにそうだけど……っ」
「ぐぬぬ……。さすがはアレンくん、中々尻尾を掴ませないな……っ」
悔しそうな表情をした三人はプルプルと震えながら、俺の目をジッと見つめた。
「で、でも……っ。このゲームで『五億ゴルド超え』なんて、これまでたったの一度も見たことがないのよ!? こんなの絶対におかしいわ!」
「それにアレンだけなのよ!? 三回のゲーム中、たったの一度も『バッドイベント』のマスに止まっていないのは!」
「そ、そうだそうだ! アレンくん、ぜひその辺りを説明してもらおうか!?」
会長とリアが不審な点を指摘し、リリム先輩がそこへ乗っかった。
「あはは、そんなの当たり前じゃないですか。わざわざ好き好んで、バッドイベントのマスには止まりませんよ」
俺がそんなごく当たり前の返答をしたその瞬間、
「「「……っ!」」」
三人はハッとした表情で顔を見合わせた。
「そ、そう言えば、噂で聞いたことがあるわ……。『裏の世界』を生きる『プロのディーラー』は、自分の思いのままにルーレットの目を操ることができると……っ」
「ねぇ、アレン……? 人の枠を外れた身体能力を持つあなたなら、そんな芸当もできるんじゃないかしら……?」
「ど、どうなんだ!? 正直に答えてくれ!」
会長とリアとリリム先輩は、とても『今更』な質問を投げ掛けた。
「えぇ、もちろんできますよ」
特に隠す必要も感じなかったので、俺は素直に答えることにした。
竹爺からありとあらゆる遊びを教わった俺は、当然ルーレットについても人並み程度には嗜んでいる。
カードゲームほど得意ではないが、それでも狙った数字を出すことぐらいならば朝飯前だ。
バッドイベントのマスに止まらず、最も給料のいい職業に就き、数か所だけ存在する超ラッキーマスをものにする。
こうして俺は、圧倒的な大差を付けて勝利したのだ。
「たとえば『十の目』を出したいときは、こんな風に……っと」
俺はそう言いながら、ルーレットを勢いよく回した。
十回二十回と高速で回転したそれは、ゆっくりと速度を落としていき――最終的には、俺の宣言した『十』でぴったりと停止した。
その瞬間、
「い、イカサマ……っ。アレンくんは天性の『イカサマ師』よ! 今までそうやって、お姉さんたちを弄んできたのね!?」
「こ、こんなの卑怯よ! 絶対誰もアレンに勝てないじゃない!」
「アレンくん、君という男は……!」
三人は勢いよく立ち上がり、すぐさまこちらへ詰め寄ってきた。
「え、ちょ、ちょっと……!?」
あまりの気迫に押された俺は、あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。
「アレンくん、覚悟はできているんでしょうね?」
「アレン、卑怯なことはよくないわ」
「剣士の勝負は真剣勝負、忘れたとは言わせないぞ?」
ぐぐぐっと顔を寄せてくる三人に対し、俺はちゃんとした反論を述べる。
「ご、誤解です! これは『技術』であって、決して『イカサマ』じゃありませんよ!?」
技術とイカサマ、この二つは明確に区別されるものだ。
狙った数字にルーレットを止めるのは、技術。
その一方で手汗を染み込ませて『滑り』を調整したり、こっそりと台へ『細工』を施したりするのは、イカサマ。
ありとあらゆる基本技術を習得したうえで、多種多様なイカサマを駆使して戦う。これが『ゲーム』の醍醐味だ――と俺は昔、竹爺から教わった。
しかし、
「「「……」」」
必死の反論もむなしく、彼女たちは小さな声で密談を始めた。
「――リアさん、リリム。アレンくんの処遇をどうしましょうか?」
「そうですね……。やはりここは、何か『お願い』を聞いてもらうのがいいんじゃないでしょうか?」
「おっ、そいつは名案だな! それなら私は、アレンくんの独特な剣術を付きっきりで教えてもらいたいぞ! 彼の技はかっこいいし、何よりとても実用的だ!」
「そ、それなら私は……。アクセサリーみたいな、何か『残るもの』をプレゼントしてもらおうかしら……?」
「うーん、私はマッサージとかしてほしいかなぁ……。べ、別に『変な意味』じゃないですよ……? さ、最近肩凝りとかちょっと酷くてですね……?」
「飛影に瞬閃に八咫烏――ふっふっふっ! 来年こそは、リリム=ツオリーネの時代がやってくるぞ!」
会長とリアはほんのり頬を赤くし、リリム先輩は少年のように目をキラキラと輝かせていた。
(こ、このままじゃマズい……っ)
いったい何を真剣に話し合っているのかはわからないが……。
どうにかしてあの会話を中断させないと、また俺が面倒な目を見ることは容易く想像できた。
(会長・リア・リリム先輩――三人とも根はとても単純だ……)
好奇心旺盛で負けず嫌いな彼女たちには、きっとこの『餌』が一番効果的だろう。
「あのー……。『ルーレットを思いのままに操る方法』、知りたくありませんか?」
俺がそんな『撒き餌』を放り投げた次の瞬間、
「「「る、ルーレットを思いのままに操る方法……っ!?」」」
三人はいっそわかりやすいぐらいに食い付いてくれた。
(ふぅ、よかった。これはもう完璧に『釣れた』な……)
こうしてリアたちの『一本釣り』に成功した俺は、無事に怪しげな密談を中断させたのだった。




