桜の国チェリンと七聖剣【三】
生徒会役員選挙が終わった後、俺は平穏な日常を満喫することができた。
日中は授業を受け、放課後は素振り部の活動に精を出す。
たまの休みにはリアと一緒に出掛けたり、クラスのみんなと学期末テストの対策をしたり――これまでの波乱万丈な毎日とは違って、とても穏やかで充実した日々を過ごした。
そうして学期末テストを乗り越えた、二月二十八日。
この日は、全校生徒が出席する三年生の卒業式だ。
剣術部部長ジャン=バエルをはじめとした先輩方が卒業し、それぞれの選択した道へ進んで行く。
その中にはもちろん、素振り部で一緒に剣を振った先輩の姿もあった。
(めでたい日なんだけど、やっぱりちょっと寂しいな……)
俺はそんな気持ちを抱きながら、彼らの門出を祝う。
その後は、一年A組の教室で『最後のホームルーム』が始まった。
いつものように真っ黒なスーツに身を包んだレイア先生は、珍しく真剣な表情で口を開く。
「――諸君。まずはこの一年、厳しい授業によく耐えてくれたな。実を言えば、今年私の課した授業は例年より遥かに厳しいものとなっていた。それにもかかわらず、まさか誰一人欠けることなく全員がついてきてくれるとは……正直これは、とても嬉しい誤算だった。――断言しよう。今や君たちは、どこに出しても恥ずかしくない立派な剣士だ!」
彼女が力強くそう叫べば、クラス中に熱い空気が流れ出した。
「さて、教師の長話ほどつまらないものはない。だから最後に一つだけ、私から注意事項を述べてさせてもらおう」
先生はゴホンと咳払いをしてから、さっきとは違って落ち着き払った口調で語り始める。
「諸君らも知っての通り、近年の国際情勢はかつてないほど不安定な状態だ。神聖ローネリア帝国・黒の組織・魔族、悪の枢軸とも呼べる奴等はいつどこで襲ってくるやもわからん。常日頃から気を抜かず、旅行などに行く際はくれぐれも注意してほしい。……よし。それではまた一か月後、君たちの元気な顔を見せてくれ――解散!」
こうして一年生最後のホームルームが終わり、それからはいつものように部活動で汗を流した。
その帰り道。
「もう一年生も終わりかぁ……。なんだかあっという間だったねぇ……」
「長かったような短かったような……。ふむ、なんとも言えぬ不思議な感覚だ……」
夕焼けに照らされたリアとローズは、しみじみとそう呟いた。
「そうだな……。いろいろあったけど、終わってみれば一瞬だったような気がするよ」
この一年、本当にいろいろなことがあった。
全ての始まりはもちろん――『一億年ボタン』だ。
(あの地獄の十数億年を契機にして、俺の人生は大きく変わったんだ……)
五学院の一つ千刃学院から推薦入学をもらい、大五聖祭ではシドーさんと剣を交えた。
その後は魔剣士として活動し、大同商祭では黒の組織と激突。
夏休みには氷王学院との合同夏合宿をこなし、ヴェステリア王国ではグリス陛下との謁見も果たした。
新学期が始まった直後は、ザクとトールによって誘拐されたリアを救出。
剣王祭ではイドラを打ち破り、千刃祭が終われば、学院を強襲してきたフーとドドリエルを撃退した。
(そう言えば……。『交換留学生』として、白百合女学院で授業を受けたりもしたっけな……)
上級聖騎士の訓練生として晴れの国ダグリオへ向かった際は、神託の十三騎士レイン=グラッドを斬った。
元日に開かれた慶新会では、初めて天子様とお会いし、突如襲ってきた魔族ゼーレ=グラザリオを撃退。
その後は、白百合女学院の理事長かつ世界一の医学博士であるケミー=ファスタと協力し、人類史上初となる呪いの特効薬『アレン細胞』を発見した。
つい先日で言うならば……会長の政略結婚を阻止するため、神聖ローネリア帝国へ乗り込んだこともあった。
(……思い返してみれば、本当にとんでもない一年だな)
一つ一つのイベントが、まさに超弩級。
長い人生で一度経験するかどうか……といった規模のものばかりだ。
(それがわずか一年の間に起こっているんだから、本当よく生きていたよな……)
そうして俺は、小さくため息をこぼす。
(……そう言えば、これもすっかり癖付いてしまったな)
厄介事と面倒事に揉まれ過ぎたこともあってか、ここ一年ため息をつく回数が増えてしまった。
そんな風にぼんやり今年一年を振り返っていると、
「――アレン、二年生になってもよろしくね?」
「お前と一緒に剣を振っているときが、一番充実しているんだ。また来年もよろしく頼むぞ?」
リアとローズはそう言って、温かい笑みを浮かべた。
(……あぁ、本当に『いい一年』だったな)
確かに大変だった。
しんどいこともたくさんあったし、もう駄目かと思うこともあった。
それでもこの一年は、これまでで最高の年だと断言できる。
(だって、俺は……もう一人じゃないんだ……っ)
グラン剣術学院でいじめられた、一人ぼっちのアレン=ロードルはもういない。
リアやローズ、テッサをはじめとした一年A組のみんな。
会長やリリム先輩、フェリス先輩。
他校では、シドーさんとイドラ。
他にもレイア先生にリゼさん、クラウンさん。
(俺の周りには、こんなにもたくさんの大切な人たちがいる……っ)
レイア先生の言っていた通り、近年の国際情勢は混沌としている。
きっとこの先、これまで以上の苦難が待ち受けていることだろう。
だけど、みんなと一緒ならば、どんな苦難であっても乗り越えられる気がした。
心の奥底から――魂から、不思議な力が湧いてくるのだ。
「――リア、ローズ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
それから俺たちは、それぞれの寮へ帰った。
こうして千刃学院一年生の全課程が、無事に修了したのだった。




