桜の国チェリンと七聖剣【二】
生徒会役員選挙が終わろうとしたそのとき――会長は突然、よりにもよって全校生徒の前で「アレン=ロードルを副会長へ推薦する」と宣言した。
当然ながら、こんな話は全く聞かされていない。
「か、会長……っ。なにおかしなことを言っているんですか!?」
すぐさま俺が問い詰めると、
「だって、こうでもしないと……。アレンくん、断っちゃうでしょ?」
彼女は特に悪びれる様子もなく、可愛らしく小首を傾げた。
「そこはちゃんと理解しているんですね……。でも、さすがに今回のは通りませんよ? 『生徒会長』の権限では、勝手に役員選挙を実施することはできませんから」
千刃学院の運営に大きな影響を及ぼす生徒会役員。
その人事を決定する役員選挙は『職員会議』、またはそれよりも上位の機関によって実施される。
つまり――生徒会長シィ=アークストリアの一存では、どうすることもできないのだ。
「ふふっ、その点については問題ないわよ?」
「どういう意味ですか?」
「だってたった今この場で、レイア先生の許可をもらったんですから」
会長はそう言って、先生の方へ視線を向けた。
「――うむ、何やらおもしろそうだったのでな。ばっちりオーケーを出したところだ!」
彼女はそう言って、グッと親指を突き立てた。
(うん、前にも一度思ったことがあるけど……)
やっぱりあの小憎らしい親指は、一度へし折った方がいいのかもしれない。
「はぁ……」
たとえこんなのでも……。
仕事を全くせず、理事長室に籠って漫画ばかり読みふけっているこんなのでも……。
(残念ながら、千刃学院の『理事長』なんだよな……)
理事長職は、職員会議よりも上位に位置する意思決定機関だ。
彼女が許可を出したからには、今日この場で役員選挙が実施されてしまう。
(全く、相変わらずやりたい放題だな……)
そうしてがっくり肩を落としていると、先生は少し真面目な表情で口を開いた。
「客観的に見れば、シィの推薦は至極真っ当なものだぞ? アレンは圧倒的な剣術の腕もさることながら、事務処理能力も高く、そのうえ他の者への気配りができる。何も知らない世間の評判こそ、とてつもなく悪いが……。我々職員からの評価は非常に高いし、おそらくそれはこの学院の生徒も同様だろう」
彼女は一息ついてから、続きを語っていく。
「これは少し先の話になるが……。まず間違いなく、三年次はアレンが生徒会長になるはずだ。つまり――二年次において君が副会長に就任するのは、なんらおかしな話ではない。いや、むしろこれ以上の人選はないと思うぞ?」
「そ、そう言われましても……。こういうのはみんなに認められてなるものであって、自分から立候補するものではないと思うんですが……?」
俺がやんわりと否定の意思を口にした次の瞬間、
「――いいぞ、アレン! お前なら、なんの文句もねぇよ!」
「新副会長、よろしく頼むぜー!」
「あなたが千刃学院を率いれば、うちはもっと強くなれるわ!」
舞台の下で整列する生徒たちから、俺の副会長就任を推す声があがった。
それも一つや二つではない。
一年生から三年生まで、ほぼ全員が歓声をあげていた。
「ふむ、反対の声は少ないように見えるが……?」
「ほらほら、みんなアレンくんの副会長就任を望んでいるわよ?」
「そ、それは……」
舞台の上からは先生と会長、舞台の下からは全校生徒――両者の板挟みになった俺には、もはや選択の余地がなかった。
「はぁ、わかりました……。ただ『反対多数』となった場合は、ちゃんと落選ということにしてくださいね?」
「あぁ、もちろんだ。――それではこれより、アレン=ロードルの副会長就任の可否を決定する! 対抗馬が存在しないため、先ほどと同様に信任投票の形を取るぞ!」
その後、原始的な挙手式の選挙が行われた結果、
「――賛成五百四十人、反対ゼロ人。満場一致により、次年度の生徒会副会長はアレン=ロードルに決定だ!」
信じられないことに全校生徒からの信任を得てしまった。
出馬から就任までおよそ一分、通常ではあり得ない『超スピード選挙』だ。
「しかし、これは凄いな……。長い千刃学院の歴史上、支持率百パーセントでの当選を果たしたのはアレンが初めてだぞ!」
先生は嬉しそうに、バシンと背中を叩いてきた。
「そう、ですか……」
喜べばいいのか。
泣けばいいのか。
感情の落としどころを見失った俺が、大きくため息をついていると――一連の流れを遠巻きに見ていたリアとローズが駆け寄ってきた。
「アレン副会長……うん、かっこいいと思うわ!」
「まぁ実質、既に副会長みたいなものだったからな。『新たに就任した』というよりは、『職位が追い付いた』といった方が正確なんじゃないか?」
「……ありがとな。なるべく、ポジティブに考えるようにするよ」
俺たちがそんな話を交わしていると、リリム先輩とフェリス先輩がこちらへやってきた。
「しっかり者のアレンくんが副会長になったら、我々はいよいよすることがなくなるな!」
「まぁ、もとから何もしてないんですけど……」
「なるほど、何もしてない自覚はあったんですね……」
副会長のセバスさんがいなくなった後――生徒会の事務・運営・雑務に至るまで、その全てを俺が実行していた。
(よくよく考えてみれば、確かにローズの言う通りかもな……)
ただ役職が庶務から副会長に変わっただけで、特別何かしなければならないことはなさそうだ。
ぼんやりそんなことを考えていると、
「――ふふっ。来年もよろしくね、『副会長』さん?」
生徒会で一番の問題児シィ=アークストリアは、とても嬉しそうに微笑んだ。
(……まぁ、いいか)
俺が近くで見張っていれば、会長の横暴も少しはマシになるだろう。
(これは放っておくと、好き放題するからな……)
誰かが近くで『抑え』の役割を果たす必要がある。
「来年からは少し厳しくいきますので、覚悟しておいてくださいね……『会長』?」
「あ、あはは……。お、お手柔らかにお願いするわね……っ」
とにもかくにも、こうして無事に次年度の生徒会メンバーが決定したのだった。




