魔剣士と黒の組織【六】
燃え盛る大同商館。
その中では既に、激しい戦いが繰り広げられていた。
「ズゥエエエエエィッ!」
「がは……っ」
迷うことなく即座に大同商館へと突入した私兵たちは――かなりの腕利きだった。
その鮮やかな剣術で黒衣の集団を次々に斬り伏せ、建物を上へ上へと駆けあがっていく。
この動きから見るに、五豪商がいるのは最上階である七階のようだ。
「リア、ローズ、俺たちも行こう!」
「えぇ!」
「うん!」
頼もしい私兵たちと共に最上階へと進んでいくと、その足は六階で止められることになった。
「がは……っ」
「ば、か……なっ!?」
「あ、当たら、ない……っ!?」
腕利きの私兵たちは、黒衣を纏ったたった一人の剣士に次々に沈められていった。
「……無い無い、無いっ! 歯ごたえがまるで無さ過ぎるよぉっ!? もっともっと僕を楽しませてくれないかなぁっ!? あは、あはは、あっはははははははっ!」
黒衣の剣士は倒れ伏した私兵たちを踏みつけながら、狂ったように笑い始めた。
(……危険な奴だ)
警戒を強めながら、懐の剣に手を伸ばしたそのとき。
「……っ!? もし、かして……もしかしてもしかしてもしかして……っ!? 君ぃ……アレンじゃないかぁっ!?」
「っ!?」
奴はグニャリと口を歪めながら、喜色に染まった声で俺の名を呼んだ。
「その反応っ! やっぱりそうだぁっ! うんうん、僕が君を見間違えるわけないもんねぇっ! あはぁ……やっと会えたぁっ!」
両手をパンパンと叩きながら、奴は嬉しそうに肩を揺らす。
「……誰だ、お前は?」
残念ながら、俺の知り合いにこんな変人はいない。
「あは、ひどいなぁ……! あんなに激しく愛し合ったのに、僕のことを忘れちゃうなんてさぁ……っ」
何を言っているのか、全くわからないが……。
とにかく奴が俺にご執心だということはよく伝わった。
(やるしかない、か……)
そうして俺が気持ちを固めたところで、
「アレンは先に五豪商のところへ!」
「ここは私たちが……っ!」
リアとローズは、剣を構えて一歩前に踏み出した。
「あれぐらい私たち二人なら、どうということ無いわ!」
「問題ない。任せて」
「……わかった」
二人がそう言うのならば、きっと大丈夫だろう。
俺は安心してこの場を離れて、五豪商の待つ七階へと駆け出した。
「あぁっ!? 待ってよ、アレンッ!?」
「あんたの相手はっ!」
「私たちっ!」
それから俺は急いで階段を駆け上がり、VIPルームと書かれた部屋を開けた。
するとその瞬間、
「ひ、ひぃいいいいっ!?」
「い、命だけは、命だけは助けておくれ……っ!」
「か、かかか、金ならあるぞ! す、好きなものをなんでも買ってやろうじゃないかっ!」
五豪商のうちの三人が震えた声で口々にそう言った。
多分、俺のことを犯人側だと勘違いしたのだろう。
まぁ、無理もない話だ。
(しかし……残りの二人は、ずいぶんと肝が座っているな……)
顔をあげると――部屋の真ん中に置かれた豪奢な椅子に座った二人が、鋭い目をこちらに向けていた。
一人は左目に大きな傷のある隻眼の男。
もう一人は赤い髪をした狐目の美しい女性。……この人はどこかで見たことがあるような気がするけど、今はそれどころではない。
まずは五豪商の警戒を解き、すぐにこの建物から脱出するのが先決だ。
「俺は魔剣士のアレン=ロードルです。みなさんを救出するためにここへ来ました」
その瞬間、彼らの目から怯えの色が薄れた。
だが、当然ながら完全に信用されたわけではない。
だから俺は彼らの疑心を塗り替えるような、強い『脅威』を口にした。
「既にご存知の通り、この建物には爆発物が仕掛けられていました。そして、それが一発だとは限りません。さらに大きなものが隠されている可能性もあります! それも――このすぐ近くに!」
謎の集団は誰にも見つかることなく、この建物に爆発物を仕掛けた。
(きっとその気になれば、この建物を丸ごと吹き飛ばすこともできただろう。それにもかかわらず、奴等はあえて威力の控え目なものを仕掛けた)
このことから、今回の奴等の目的が五豪商の抹殺ではなく――『誘拐』であることは明らかだ。
五豪商は単純な財力だけで言えば、五学院の理事長を遥かに凌ぐ。
もしも誘拐に成功すれば、凄まじい額の身代金を突きつけることができるだろう。
(……たとえ奴等の目的が誘拐であったとしても、それが五豪商の『命』を保障するわけではない)
第一目的である誘拐が失敗に終わった場合、即座に抹殺へ切り替える可能性は十分に考えられる。
そしてその場合、この建物に――特にこのVIPルームを吹き飛ばす位置に爆発物が仕掛けられた可能性が高い。
だからすぐにでも、この場を離れる必要があった。
「わ、わわわかったっ!」
「す、すぐにこの場を離れましょう!」
「ご、護衛を頼めるね!? アレン君っ!?」
さすがは五豪商。
すぐに俺の言わんとしているところを汲み取ってくれた。
慣れない戦いの場でパニックを起こしている今も、その頭にはしっかりと考える余裕を残していた。
「はい、もちろんです。付いて来てください!」
そうして五豪商を引き連れた俺は、急いでこの建物から脱出すべく動きだした。
危険性の高いVIPルームを抜け出し、階段を駆け下りていく。
そうして無事に六階についた俺の目に飛び込んできたのは――意識を失い、仰向けに倒れているリアの姿だった。
「……り、リアッ!?」
慌てて彼女の元へ駆け寄り、その胸に手を置く。
(……よかった)
その心臓は強く鼓動を刻んでいた。
どうやらただ意識を失っているだけのようだ。
そして次に俺が目にしたものは、
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
「あはぁ……っ! そんなオモチャ……通用しないよぉっ!?」
「う、そ……っ。きゃぁっ!?」
必殺の一撃を全て回避され、強烈な前蹴りを叩き込まれたローズの姿だった。
「ろ、ローズっ!?」
大きく吹き飛ばされた彼女は、建物のコンクリートに後頭部を強打して、その身を床に投げ出した。
今はもうピクリとも動かない、完全に意識を失ったようだ。
(リア、ローズ……っ)
二人が正攻法で、あんな奴に負けるわけがない。
きっと何かがある。
この二人が足を絡めとられた、何かが……っ。
「ふぅー……っ」
怒りで沸騰した頭と心を、大きく息を吐き出して鎮めた。
そうして一呼吸を置いて、落ち着いて周囲を見れば――震える手で剣を握る私兵たちの姿が目に入った。
「すみません……ここは俺が引き受けます。あなたたちは、五豪商を連れて建物の外へ」
「い、いいのか、本当に!?」
「わ、わかった……っ!」
「ま、任せたぞ……っ!」
俺がコクリと頷くと同時に、私兵たちは五豪商を引き連れて走り出した。
目の前の剣士は、それを妨害しようとさえせず――ただジッと俺のことを見つめていた。
「……意外だな。素直に見逃してくれるなんて」
「あはっ! 僕にとってはつまらない命令なんかよりも、君の方がずっと大事だからねぇ……っ!」
奴は冗談でも何でもなく、本当にただ『俺』にしか興味がないようだった。
「……いったい誰なんだ、お前は?」
黒いフードを目深にかぶっているため、こちらから顔を見ることはできない。
「んー……。僕のことを忘れちゃうなんてひどいなぁ……。こっちは毎日毎日、来る日も来る日も――こぉんなにアレンのことを思っているのに……さ?」
そう言って奴は、両手を大きく広げて楽しげに笑った。
「……いいから早く、そのフードを取ったらどうなんだ? こっちもそう時間があるわけじゃないんだ」
この建物には依然として、爆発物が仕掛けられている可能性が高い。
こんな危険なところに長居したくはない。
「そう急かすなよぉ……。せっかくの再会なのにさぁ? そうだなぁ……こう言ったら思い出してくれるかなぁ……ねぇ、落第剣士様ぁ?」
「……っ!?」
落第剣士。
その呼び方を知っているのは、中等部に――グラン剣術学院にいた奴だけだ。
(グラン剣術学院で俺に対して、強い執着心を持つ奴と言えば……)
思い当たるのは、一人しかいない。
「お前、まさか……ドドリエルかっ!?」
「あはぁっ! 正解、正解、大正解……っ! ナイストゥーミートゥー、アレェェェン?」
そう言ってドドリエルは、黒いフードを一気にはぎ取った。
後ろでまとめられた、ひどく痛んだ青い髪。
目鼻立ちの整った顔。
そして何より――その顔には大きな太刀傷があった。
多分、あの決闘のときに俺がつけたものだ。
「ドドリエル=バートン……っ」
「あはぁ……やっと思い出してくれたねぇ、アレェェン=ロードルゥウウッ!」
ドドリエルは、背筋のゾッとするようなねっとりとした声で俺の名を呼んだ。
「……その傷跡、どうして消さないんだ?」
俺は奴の顔に残された痛々しい太刀傷を指差しながら、そう問いかけた。
この国の医学は非常に発展している。
あの程度の傷ならば、わずか数時間で治療できるはずだ。それも安価に。
「馬鹿だな、消すわけないじゃないかぁ……。なんてったってこれは、僕と君の愛の結晶なんだから……っ!」
そう言ってドドリエルは、愛おしそうにその傷跡をゆっくり撫でた。
「あの後、さ。天才剣士のこの僕が、落第剣士のアレンに何故負けたのか、何が駄目だったのか――どれだけ考えても全然わからなくてねぇ……。僕は悔しくて悔しくて、苦しくて苦しくて、ずっと毎日泣いていたんだぁ……」
こちらの様子をチラチラと窺いながら、奴は話を続けた。
「僕はこの苦しみを――君への恨みを忘れないように、あえてこの醜い顔を選んだんだ。毎朝、鏡でこの顔を見るたびに君への憎悪が燃え滾ったよ! その憎しみを糧にして、僕は生まれて初めて『努力』をした! 毎日毎日朝から晩までずっと剣を振った! 全てはそう――君を殺すためにっ!」
肩を揺らし狂気にその身を委ねたドドリエルだったが――次の瞬間にはまるで憑き物が落ちたように清々しい笑みを浮かべた。
「でもね……。そんな君への恨みと憎しみに支配された日々を送るうちに、僕はハッと気付いたのさ。アレン――君が本当は、僕のことを愛しているってね」
わけがわからない……こいつは何を言っているんだ?
「その頃には僕も君に恋していたよ……いや、ずっと隠してきた秘めたる思いが浮上したと言えばいいのかなぁ? 毎日毎日、君のことを思って想って偲って恋って愛ってぇ! ――そんな毎日を送っているうちに、僕は君に恋したんだ」
……狂ってる。
言っていることが支離滅裂だ。
こいつはもう完全に壊れてしまっている。
「……まともな話し合いは、できないみたいだな」
「あはぁ! そりゃぁそうだよぉっ! 冷静になんて無理さ! 熱く! 情熱的に語り合おうじゃないかぁっ!」
そう言ってドドリエルは、こちらに剣を向けた。
それに応じて、俺もすぐさま正眼の構えを取った。
そうして互いに向き合って――初めてわかった。
「その剣……魂装だな?」
奴の剣からは、薄気味悪い『何か』を感じた。
そこらで売っている普通の剣とは一線を画す『何か』があった。
「あはぁっ! よく見抜いたねぇ! 僕の魂装はとっても地味なはずなのにぃ。やっぱり君は、僕のことならなんでもわかっちゃうんだねぇ……っ」
ドドリエルは恍惚とした表情を浮かべ、両手でその体を抱きながら身悶えた。
俺は奴の奇行を無視し、冷静に頭を回転させる。
(まさかこの短い期間で、魂装をものにするとはな……)
気味の悪い奴だけど……やっぱりドドリエルは天才だ。
(……奴の魂装がいったいどんな力を秘めているのか、外見上からはとてもじゃないが判断できない)
リアの<原初の龍王>のように炎を噴き出したり、シドーさんの<孤高の氷狼>のように冷気を発してくれたら、おおよその能力に見当がつくんだけど……。
ドドリエルの持つ剣は、刀身にも柄にも目立った点は何もない。
本当に、どこにでもあるような地味な剣だった。
(こういう場合は、相手に攻められないよう立ち回るべきだ……っ!)
とにかく相手に攻めさせない。
相手が魂装の能力を発動させないうちに――力を出し切る前に倒し切ってしまうのが理想だ。
そうでなくとも、魂装の能力を『防御のため』に吐かせられればそれでいい。
未知の力を『攻撃のため』に振るわれることは、絶対に避けねばならない。
どうしても対応が一拍遅れてしまい、致命的な隙に繋がるからだ。
「行くぞ……っ!」
「あはぁ……おいでよ、アレェン! 僕はどこにも逃げやしないからさぁ……っ!」
そう言って奴は戦闘中にもかかわらず、大きく両手を広げた。
そこには構えも何も無い――全身、隙だらけだ。
(油断に慢心、何も変わってないな……。天才剣士であるお前の数少ない弱点だ……)
そうして俺は一足で互いの距離を詰め、
「八の太刀――八咫烏ッ!」
鋭い八つの斬撃を同時に放った。
両手・両足・首・頭・胴体・胸――全身を同時に狙う斬撃を前にした奴は、その場で微動だにしなかった。
ただただ狂ったような笑みを浮かべているだけだった。
(……諦めたのか?)
そんな甘い考えは、一瞬のうちに消え去った。
俺の放った八つの斬撃は全て――ドドリエルの体を通過したのだ。
「なっ!?」
「あはははぁっ! 不思議だねぇっ!」
驚愕する俺をよそに、奴は大きく一歩踏み込んできた。
そして、
「時雨流――五月雨ッ!」
殺意の籠った鋭い突きが、何度も何度も繰り出された。
「ぐっ!?」
何とか急所だけは回避しつつ、俺はとにかく奴と距離をとった。
(右肩と左わき腹をやられたか……っ)
でも、幸いなことに傷はそう深くない。
鈍い痛みで行動は制限されるが、戦闘を続けることに問題は無い。
(くそっ……。剣術も以前とは比べ物にならないほど、研ぎ澄まされているじゃないか……っ)
ドドリエルは何も魂装を習得しただけではなかった。
しっかりとその剣術にも磨きをかけていた。
「嫌だなぁ、アレェン? そんなに逃げなくてもいいじゃないかぁ?」
奴はクスクスと笑いながら、肩を竦めてそう言った。
「お前……いったい何をしたんだ?」
俺の八咫烏は、間違いなくドドリエルの体を撃ったはずだった。
しかし、どういうわけか、八つの斬撃は全て奴の体を通過した。
(今の現象は体捌き云々で説明がつくものではない……)
きっと魂装の能力を使ったに違いない。
(リアとローズは、この奇妙な力にやられたのか……っ)
すると奴は、
「あはっ! さぁて僕はいったい何をしたんでしょうか……ねっ!」
左右にジグザグと動きながら、高速で俺との距離を詰めて来た。
移動が直線でない分、間合いを測り辛い……っ。
「時雨流奥義――叢雨ッ!」
さっきのような連撃ではなく、一点集中型の研ぎ澄まされた鋭い突きだ。
……だが、防げないほどではない。
単純な剣術の技量でいくならば、ローズの方が上を行く。
「……甘いっ!」
俺はその一撃を右下から切り上げた。
「なにっ!?」
そうして奴が態勢を崩したところへ――回避の難しいあの技を繰り出した。
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
鏡合わせのように左右から四撃ずつ――目にも止まらぬ八つの斬撃がドドリエルを襲う。
(これで、見切る……っ!)
奴の魂装が持つ、奇怪な能力をっ!
俺はしっかり目を見開き、ドドリエルの一挙一動を正確に分析した。
そのとき、
(……え?)
奴は奇妙な行動を取った。
移動したのだ。
それもわざわざ一歩『前』へと。
回避するのでもなく、剣で防御するのでもなく――ただ一歩だけ前へと踏み出した。
それが意味するところはつまり――その移動こそが、回避よりも防御よりも何よりも優先すべき最善の行動だということ。
その直後、俺の放った八つの斬撃は奴の体を通過した。
「あはぁ、当たらないねぇ! 不思議だねぇ! 時雨流――篠突く雨ッ!」
袈裟切り・唐竹・切り上げ・切り下ろし・突き――雨のような連撃が、至近距離から繰り出された。
「ぐっ!?」
なんとか必死に防ぐものの、あの超至近距離から全てを防ぎ切ることは難しく――いくつかの手傷を負ってしまった。
(だけど……謎は解けた)
ドドリエルが移動した先にあったもの、それは――俺の『影』だ。
奴は斬撃が目前に迫るあの状況で、迷わず俺の影へ飛び込んだ。
つまり奴の力は、
「――見えたぞ、ドドリエル。お前の魂装が持つのは、影に潜む能力だな?」
相手の影を踏んでいる間、その対象からの全ての攻撃を無効化するというものだ。
「あはぁ! 正解、正解、大正解っ! 僕の<影の支配者>を見抜いたのは君が初めてだよっ! 言葉にしなくても通じ合える……うん、やっぱり僕たちは運命の赤い糸で結ばれているんだねっ!」
奴は幸せそうに顔を歪めながら話を続ける。
「でもでもぉ、わかったところでどうするのかなぁ? この場で自分の影を無くすなんて、そうできることじゃないよぉ? アレェン?」
そうしてドドリエルは、わざとらしく視線を右へ左へと泳がせた。
天井に設置されたたくさんの蛍光灯・割れた窓から顔を覗かせる太陽の光――確かに光源の多いこの場で自分の影を消し去ることは難しい。
「……手が無いわけじゃないさ」
「へぇ……おもしろいね。だったら見せてよ……その『手』って奴をさぁ……っ!」
次の瞬間、奴は一直線にこちらへ駆け出した。
俺は正眼の構えを維持したまま、思考を巡らせる。
(断言できる。――この世界に斬れないものは存在しない)
もし何かが『斬れない』ならば、それはその剣士の技量が足りていないだけだ。
これはあの世界を斬った俺が、誰よりも一番良く知っている。
(そう。あいつを斬れないという認識は絶対に間違っている)
それから俺は冷静にさっきの一幕を思い返した。
(俺の放った斬撃は、かすりもせずにドドリエルの体を通過した……。つまり、あいつが俺の影を踏んだその瞬間、奴の本体はこの世界とは違う場所――言うならば『影の世界』に移動していたんだ!)
ならば……答えは簡単だ。
そこにある空間を強引に切り裂いてしまえばいい。
――そう時の牢獄のように!
「じゃあねぇ、アレェェエンッ! 時雨流奥義――叢雨ッ!」
奴はしっかりと俺の影を踏みながら、一点集中型の突きを心臓目掛けて放った。
俺は全神経を研ぎ澄ませ、眼前に迫った一撃ごと、
「五の太刀――断界ッ!」
「か、はぁ……っ!?」
奴の潜んだ影の世界を引き裂いた。
「ぐっ、が……。あ、あはぁ……す、凄いや、さすがは……僕の、アレン……っ」
……さすがは天才剣士ドドリエルだ。
こいつはあの一瞬、咄嗟の判断で一歩後ろへ跳び下がった。
多分、剣士としての直感のようなものだろう。
そのおかげで、かろうじて致命傷だけは回避していた。
(だけど、傷は決して浅くない)
戦闘継続は望むべくもない状態だ。
するとこの戦いを遠巻きに見守っていた黒衣の集団は、
「し、新入りが……っ!?」
「やられ、た……っ!?」
「ぐっ、て、撤収だっ!」
決着がつくや否や即座に逃げ出した。
「あ、あはぁ……っ。ま、またどこかで会おうね……あ、アレェンっ?」
そう言ってドドリエルは、背後の窓から飛び降り――黒衣の集団とともに姿を消した。
「はぁ……。また厄介な奴に目を付けられたな……」
こうしてドドリエルとの戦いに勝利した俺は、大きく息を吐きながら剣を鞘に収めたのだった。




