入学試験とバレンタインデー【二十六】
俺がリアの手作りチョコを強く求めると、
「ほ、本当に……これが欲しいの……?」
彼女は声を震わせながら、ゆっくり顔を上げた。
「あぁ、もちろんだ。だってそのチョコには、リアの『愛情』が入っているんだろ?」
「そ、それは……なんと言うか、その……っ」
彼女は顔を赤くしながら、しどろもどろになり――最終的にはコクリと頷いた。
「そうか。だったら、俺はやっぱりそのチョコレートが欲しい」
「……っ」
確かにあのチョコは、少し歪な形をしているかもしれない。
しかし、そこにはリアの愛情が、俺を想ってくれた彼女の心が、二人で剣を交えたあの時間がぎっしりと詰まっている。
「もちろんリアが嫌なら、無理にとは言わないけど……。俺は君の作ってくれたそのチョコが、どうしようもなく欲しい」
そうして嘘偽りのない素直な気持ちを口にすれば、
「で、でも……。形も崩れているし、色もちょっと変わっちゃっているのよ……?」
リアは元気のない声でそう言って、手元のチョコへ視線を落とした。
「それぐらいなら、全然気にならないさ」
故郷の――貧しいゴザ村において、食べ物を評価する基準はたった一つ。
それが食べられるか、食べられないか、だ。
そこで育った俺からすれば、チョコレートの形なんてさしたる問題ではない。
「そ、それに……。<原初の龍王>の炎で焼かれちゃったから、変な味になっているかも……」
「リアの炎で温められたんだ。きっともっとおいしくなっているよ」
「……っ。あ、後は……その……っ」
「その……?」
「う、うぅ……。そ、そこまで言うなら……一つだけ、だよ?」
彼女はそう言って、チョコの入った四角い箱を差し出した。
「ありがとう。それじゃ早速、いただきます」
少し歪な形をしたハート型のチョコを口へ運ぶ。
それは甘くて濃厚な――とても優しい味だった。
「ど、どう……?」
リアは恐る恐ると言った風に問い掛けてくる。
「――うん、おいしい! これまで食べたチョコの中でも、ぶっちぎりの一番だ!」
「ほ、ほんと!?」
「あぁ、本当だとも。それより……残りももらっていいか?」
「う、うん……っ!」
その後、俺があっという間に全てのチョコを食べ尽くすと、
「こ、焦げてなかった……?」
彼女は不安げな表情でそんなことを聞いてきた。
「あぁ、大丈夫だったぞ」
「へ、変な味はしなかった……?」
「俺の大好きな甘いチョコレートの味がした」
「ほ、本当に……おいしかった?」
「間違いなく、世界で一番おいしかったよ」
リアを安心させるように優しい声でそう伝えると、
「そ、そっか……! よかったぁ……っ」
彼女は心の底から安堵したようにホッと息を吐き出した。
「ありがとうな、リア。おかげで最高のバレンタインデーになったよ」
「うん、アレンも食べてくれて本当にありがとう!」
それから俺たちは、時間も時間だったので二人の寮へ戻ることにした。
その帰り道、
「――でも、嬉しかったなぁ」
かつてないほど上機嫌なリアは、しみじみとそう呟く。
「えーっと、何が……?」
「だってさ。あんなに本気で戦うアレン、久しぶりに見たんだもん。――ねぇ、そんなに私のチョコが欲しかったの?」
彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、少し前かがみになりながら俺の顔を見上げた。
「そ、それはその……っ」
もちろん、欲しかった。
喉から手が出るほど欲しかった。
だけど、今ここでそれをもう一度口にするのは……さすがに少し気恥ずかしい。
そうして俺が返答に困っていると、
「――私、今とっても幸せよ」
リアはそう言って、満天の星空へ手を伸ばす。
一面に広がる夜闇の中。
月光に照らされて立つ彼女は、おとぎ話から飛び出したお姫様のようだった。
「あーぁ……。この幸せがいつまでもどこまでも、ずっと続けばいいのになぁ……」
彼女は星に願いを乗せるようにして呟く。
何故かその瞳には、深い悲しみの色があった。
「――ねぇ、アレン。もし、もしもの話だよ……? 『私の一生』は神様に決められていて、その運命からは絶対に逃げられないとしたら……。あなたはどうする?」
リアはどこか諦めの混じった儚い笑みを浮かべ、コテンと小首を傾げた。
(やっぱり、何か『大きな問題』を抱えているみたいだな……)
リアがこんな顔を見せるのは、今日が初めてじゃない。
(……難しいな)
いったいどんな問題なのか、そもそも俺が首を突っ込んでいいものなのか。
リアが話してくれない限り、こちらにはわかりようがない。
だから俺は、真っ正面から彼女の質問に答えることにした。
「君を縛り付けて、苦しめるものがあるならば――俺が斬るよ。それがたとえ神様だろうが、運命だろうが……。いつだってどこへだって駆け付けて、この剣で斬り捨てるよ」
家族のため、友達のため、そして――大切な人のため。
俺の『剣術』は、みんなを守るためにある。
「ふふっ。アレンだったら、本当になんでも斬っちゃうかもしれないね……」
「あぁ、任せてくれ」
「ありがと……。とても、とっても嬉しい……っ」
リアはそう言って、俺の胸へ飛び込んだ。
こうして波乱万丈の『バレンタインデー』は、静かに幕を下ろしたのだった。




