入学試験とバレンタインデー【二十五】
俺とリアの剣戟は、壮絶を極めた。
「うぉおおおおおおおお……!」
「はぁああああああああ……!」
<暴食の覇鬼>と<原初の龍王>がぶつかり合うたび、赤黒い火花が宙を舞う。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「覇王流――連槍撃ッ!」
俺の放った八つの斬撃に対し、リアは黒炎の灯った連続突きで迎え撃つ。
しかし、お互いの身体能力には、あまりにも大きな差があった。
「なっ、きゃぁ……!?」
八咫烏の威力に押された彼女は、大きく後ろへ吹き飛ばされた。
(勝機……っ!)
俺はこの隙を逃さず、一気に距離を詰めていく。
「ち、近付かないで……龍の激昂ッ!」
リアが剣を振るえば、黒白入り交じった炎が広範囲に散らばった。
規則性のない範囲攻撃、かつてはこの技に苦労させられたが……。
それも今となっては昔の話だ。
「甘い……!」
俺はその攻撃を気にも留めず、一直線に駆け抜けた。
(――よし、思った通りだ。これぐらいの攻撃ならば、闇の衣で防ぎ切れる!)
肩や胸にいくつもの炎を浴びたが、ほんのわずかな熱さえ感じない。
「う、嘘でしょ……っ!?」
まさかこれほど容易く龍の激昂を破られるとは、思ってもいなかったのだろう。
リアは大きく目を見開き、唖然とした表情を浮かべた。
(ここだ……っ!)
その勢いのまま『必殺の間合い』へ踏み込んだ俺は、最高最速の一撃を放つ。
「七の太刀――瞬閃」
神速の居合斬りを感じ取ったリアは、
「……っ」
ギュッと歯を食いしばり、目をつぶった。
その結果――<原初の龍王>は枯れ木の如く両断され、真の黒剣は彼女の首筋から一ミリ離れたところで静止する。
「こ、降参……私の、負けよ……っ」
リアはゆっくりと目を開け、その場で膝を突く。
こうして俺はバレンタインのチョコを懸けた、壮絶な一騎打ちに見事勝利した。
「ふぅ……。それじゃ、今から傷を治すから動かないでくれよ?」
右手から放出した闇を彼女の全身に纏わせれば、その体にあったいくつもの切り傷が一瞬にして完治した。
「あ、ありがと……。やっぱりアレンは、とんでもなく強いわね……」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ」
そんな風にちょっとした雑談を交わしたところで、いよいよ『本題』へ入ることにした。
「な、なんというかその……。アレ、もらってもいいかな……?」
はっきり「リアのチョコが欲しい」と言うのは、さすがに少し恥ずかしかったので……ちょっと曖昧な表現を使う。
「そ、そうね。約束したもんね……っ」
彼女は頬を朱に染めて覚悟を決めたように頷き、
「は、はい……。ど、どうぞ……っ」
気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、可愛らしい動物がデザインされた長方形の小包を差し出した。
「あ、ありがとう……!」
夢にまで見たリアの手作りチョコ。
それが今、この手の中にあった。
「た、食べてもいいかな……?」
「え、えぇ、もちろんよ! ヴェステリアの最高級チョコをたっぷり使ったから、きっととんでもなくおいしいはずよ?」
「へぇ、それは楽しみだな!」
期待に胸を膨らませながら、丁寧に梱包を剥がしていく。
そうしてゆっくり蓋を開けるとそこには――。
「「……あっ」」
ひどく歪な形をした、三つのチョコレートが並んでいた。
(こ、これは……。ハート型のチョコ、か……?)
おそらく先ほどの戦いで、<原初の龍王>の熱を受けたために溶けてしまったのだろう。
そこにあったのは、ただただのっぺりとした黒い塊だった。
「ご、ごめん……っ」
リアはそう言って、大慌てでチョコの入った小包を抱え込んだ。
「え、えーっと……」
こんなとき、いったいどう言葉を掛けたらいいのだろうか。
そうして俺が戸惑っていると、
「あ、あーぁ……。私ってほんと馬鹿だなぁ……っ」
彼女は今にも泣きそうな顔でたどたどしく言葉を紡ぎ、
「ごめんね、アレン……。やっぱり直接渡すのは、恥ずかしくて……。それにあなたはたくさんチョコをもらっていたから、どうしても『記憶に残る特別なもの』にしたくて……。それでその……っ」
最後まで言い切ることができず、その場に塞ぎ込んでしまった。
(なるほど……。俺に戦いを挑み、手作りチョコをその景品にすることで、記憶に残る特別なものにしようとしたのか……)
確かにこんな渡され方をしたら、そうそう忘れることはできない。
これ以上ないほど、ばっちりと記憶に刻まれるだろう。
(……嬉しいな)
リアがここまで俺のことを考えてくれたことが、何よりもその温かい気持ちが、どうしようもなく嬉しかった。
愛らしくて愛しくて、思わず抱き締めたくなるほどの衝動に駆られた。
(だけど、それはまだ早い……っ)
俺たちは、まだ『その段階』へ進んでいない。
それから俺は逸る気持ちを鋼の精神力で抑え込み、彼女を安心させるよう優しい声で話し掛けた。
「――なぁ、リア」
「……なに?」
彼女は潤んだ目でこちらを見上げ、小さく首を傾げる。
「俺は一人の男として、君の作ったチョコが欲しい。だから、もしよかったら……その手作りチョコをプレゼントしてくれないか?」
「…………え?」
俺はつまらない羞恥の感情を捨て去り、「リアのチョコが欲しい」と強く言い切ったのだった。




