入学試験とバレンタインデー【二十四】
会長からバレンタインのチョコをもらった俺は、リアとローズが待つ校庭へ向かう。
「――悪い、ちょっと遅くなった」
片手を上げてそう声を掛けると、
「あ、アレン……。どうだった……っ!?」
「さ、差し支えなければ……っ。何があったのか教えてくれないか……!?」
二人は迫真の表情を浮かべ、詳しい説明を求めた。
(この大袈裟な反応……。なるほど、そういうことか……)
どうやらリアとローズは「『政略結婚』クラスの大きな問題を打ち明けられたのではないか?」と心配していたようだ。
ここ一か月ほど、ずっと様子のおかしかった会長。
いつの間にか、鞄の上に置かれていた便箋。
『一人で屋上へ来てほしい』という意味深な内容。
これだけの『要素』が揃っているんだ。
二人が不安に思うのも無理のない話だろう。
「大丈夫、そんな大ごとじゃなかったよ。ただ、チョコレートケーキをもらっただけだ」
そうして俺が手元の白い小箱を見せると、
「そ、そっか……。よかったぁ……っ」
「なるほど、『決着』は先延ばしになったというわけか……」
リアとローズはよくわからないことを呟き、ほとんど同時に安堵の息をこぼした。
「さてと……。時間も時間だし、そろそろ帰るか?」
「えぇ、そうしましょう」
「あぁ、賛成だ」
そうして俺たちは解散し、それぞれの寮へ戻ったのだった。
「「――ごちそうさまでした」」
晩御飯を食べ終えた俺とリアは、手を合わせて食後の挨拶を口にする。
「それじゃ、後片付けは任せてくれ」
「うん、ありがと」
今日は彼女が料理を作ってくれたので、後片付けは俺の仕事だ。
慣れた手付きで食器を洗い、ササッと水切り台へ置いていく。
最後にシンク周りの水気を拭き取れば、一丁上がりだ。
(っと、もうこんな時間か……)
ふと時計を見れば、時刻は夜の七時。
そろそろ日課の素振りへ行く時間だ。
「――リア。それじゃ、『いつもの』行ってくるよ」
「あっ、うん……。気を付けてね?」
「あぁ、ありがとう」
そうして俺は、寮の裏手にある林へ向かった。
「ふぅ、さすがにまだまだ冷えるな……」
両手を擦り合わせながら、足早に進んでいけば――ぽっかりと空けた場所に出た。
青々とした木々に囲まれ、頭上から月明かりが降り注ぐここは、俺とリアだけが知る『秘密の修業場』だ。
「さて、今日もやるか……!」
そうしていつものように剣を振り始めたのだが……。
「………はぁ」
およそ三十分が経過したところで、小さなため息がこぼれた。
(たくさんの友達から『友チョコ』をもらえたのは、とても嬉しかった……)
だけど、常に脳裏をよぎるのはリアからのチョコだ。
(でも、あの反応を見る限り……。そもそもヴェステリア王国には、『バレンタイン』という習慣がなさそうなんだよな……)
俺がチョコをもらうたび、彼女はひどく困惑した表情を浮かべていた。
きっといったい何が起こっているのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていたのだろう。
(……来年。そう、来年だ……っ)
好奇心旺盛なリアのことだ。
きっと今日の一件を不思議に思って、近日中にバレンタインデーのことを調べ出すだろう。
(そのためには、もっともっと修業をしないと……!)
来年のこの日――彼女からチョコレートをもらえるぐらい、強くて立派な剣士になる。
そんな野望を胸にした俺は、
「ふっ! はっ! せいっ!」
いつもより速く。
いつもより強く。
いつもより鋭く。
これまで以上に心を乗せて、何度も何度も剣を振った。
それから一時間ほどが経過したあるとき――正面から、突如灼熱の黒炎が押し迫った。
「なっ!?」
それは速くもなければ遅くもない、敵意もなければ殺意もない。
まるで「防いでくれ」と言わんばかりの奇妙な一撃だった。
「――ハァッ!」
俺は迫りくる黒炎を横薙ぎの一閃で斬り払う。
(これは、まさか……?)
今の攻撃には、見覚えと斬り覚えがあった。
そうして恐る恐る林の奥へ視線を向ければ、
「り、リア!?」
<原初の龍王>を展開した彼女が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるところだった。
「――アレン、勝負をしましょう」
「しょ、勝負……?」
「えぇ、そうよ。もしあなたがこの私に勝てたなら、これをあげるわ!」
彼女はそう言って、懐からとんでもないものを取り出した。
「そ、それは……!?」
「そう――バレンタインのチョコよ! も、もちろん私の手作りだからね? それと……う、うっかりその……っ。あ、あああ、愛情とかも込めちゃったかもしれないわ……!」
顔を真っ赤に染めたリアは、声を震わせながらそう叫んだ。
「ふぅー……っ」
突然発生したとんでもない大イベント。
それを前にした俺は、拳を固く握り締めて大きく息を吐き出した。
「あ、あれ……。や、やっぱり……いらなかった……?」
一方のリアは、今にも泣き出しそうな声でポツリポツリと言葉を結ぶ。
俺はそんな彼女へ、
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
全力の答えを返した。
千刃学院全体を深淵の如き闇が覆い尽くし、世界が『黒』一色に染まっていく。
それはまるで俺の欲望が具現化したかのように荒れ狂い、かつてないほどの『うねり』を見せた。
「お、おいおい、なんだ……!? この馬鹿げた出力は……!?」
「この邪悪な霊力は間違いない、アレン=ロードルだ! 相手は多分……リア=ヴェステリアじゃないか!?」
「あの二人が戦ってるのか!? ど、どうしたんだ、痴話喧嘩か!?」
千刃学院のあちこちから、大きなざわめきが聞こえてきた。
お騒がせして大変申し訳ないが、今回ばかりは目をつぶってほしい。
なにせこの勝負には、リアの手作りチョコレートが懸かっているんだ。
俺は久しぶりに展開した真の黒剣を握り締め、正眼の構えを取った。
「――今回だけは、何がなんでも絶対に勝たせてもらう。全力で行くぞ、リア……!」
「え、えぇ……っ! かかってきなさい、アレン!」
彼女は何故かとても嬉しそうな表情で、ギュッと剣を握った。
こうして俺とリアの熾烈な戦いが幕を開けたのだった。




