入学試験とバレンタインデー【二十一】
イドラ=ルクスマリア。
透き通るような紺碧の瞳。
ハーフアップにされた、長く美しい真っ白な髪。
まるで作られたかのような端正な顔立ち、すらっとした長身、雪のように白い肌。
白地に青色のアクセントが施された――白百合女学院の制服に身を包み、どこか『品格』のようなものを感じさせる女剣士だ。
「どうしたんだ、こんなところで……?」
俺がそんな質問を投げ掛けると、
「これ、渡したかった」
イドラは左肩に提げた鞄から、可愛らしい小包を取り出した。
「それは……?」
「バレンタインのチョコ。作ってみたの」
「え、えーっと……俺に……?」
「そう。……迷惑、だった?」
彼女は悲しそうな表情で小首を傾げる。
「いや、全然そんなことはないぞ。もちろん、めちゃくちゃ嬉しいよ。ただ――まさかイドラからもらえるなんて、思ってなかったからさ。ちょっと驚いただけだ」
「それならよかった。――ねぇ、アレン。頑張って作ったから、感想を聞かせてくれると嬉しい」
イドラはそう言って、スッと小包を差し出した。
どうやら、今この場で食べてほしいようだ。
(こ、困ったな……っ)
さっきまで素振りしていたこともあって、喉はもうカラカラだ。
(正直、この乾き切った口にチョコレート系統はきついけど……)
彼女は手作りの義理チョコ――いや、確かこういうのを『友チョコ』と言うんだっけか?
まぁなんにせよ、手作りチョコを渡すためにわざわざ千刃学院まで足を運んでくれた。
(そんなイドラのお願いを「喉が渇いているから」というつまらない理由で断るのは、あまりにも薄情だよな……)
そう判断した俺は、
「あぁ、もちろんだ。ありがたく、食べさせてもらうよ」
彼女を安心させるように元気よく頷き、可愛らしい小包をそっと開く。
「――おぉ、綺麗な形だな!」
そこには一口サイズに整えられた、美しい球状のチョコレートがあった。
「ふふっ、自信作なんだ」
「なるほど、それは楽しみだな。では早速――いただきます!」
そうして球状のチョコを口へ含んだその瞬間、
「が……っ!?」
かつて経験したことのない超弩級の衝撃が駆け抜けた。
(こ、これはひどい……っ)
舌先を走る不愉快なヌメリ、鼻先をツンと抜ける強烈な刺激臭、口内に広がる得も言えぬ苦み――これはもはや砂糖と塩を間違えたなどという、生易しい次元を超越している。
(ほんのりと香るレモンのにおいは、まさか食器用洗剤……!?)
言いたいことはいろいろとあるが……一つ断言できることがある。
とてもじゃないが、これは『食べ物』と呼んでいい代物じゃない。
控え目に言って『劇物』、誤解を恐れずに言うならば『毒物』だ。
(……もしかして、イドラは何か俺に恨みでもあるのか?)
そんな疑念を抱きながら、ゆっくりと顔を上げれば、
「……どう、かな? ……おいしい?」
彼女は期待と不安の入り混じった表情で、ジッとこちらを見つめていた。
その瞳にはほんのわずかな悪意さえ映っていない。
(あぁ、そういうことか……)
すぐに理解した。
イドラは心を込めて、このチョコレートを作ってくれたこと。
ただ、文字通り『殺人的』に料理が下手だということ。
(たとえどれだけマズくても、どうしようもない廃棄物だったとしても……。それが真心を込めて作られたものならば、感謝しなければならない)
食材への感謝と作り手への感謝――これはとても大切なものだと思う。
だから俺は、
「あ、あぁ……。おいしい、とてもおいしいよ……っ!」
胃袋から鳴り響く警告音を押し殺し、表情筋を総動員して必死に笑顔を作る。
「……! そう、よかった……っ」
彼女は両手をパンと合わせ、大輪の花かと見紛うばかりの嬉しそうな笑顔を浮かべた。
(や、やった……。やり切った、俺はやり切ったぞ……!)
かつて味わったことのないほどの達成感に包まれながら、ホッと安堵の息を吐いたその瞬間、
「本当によかった……。ちゃんと『おかわり』を作ってきておいて……!」
「お、おかわり!?」
イドラは信じられない言葉を口にして、追加で五つの小包を取り出した。
(ば、馬鹿な……っ。バレンタインのチョコにおかわりという概念が存在するなんて……!?)
あまりの衝撃に言葉を失ってしまう。
「男の子はよく食べると聞いた。だから、いっぱい作ってきたの。遠慮せず、食べてね……!」
子どものように無邪気でとても残酷な笑顔を向けられた俺は、
「……ありがとう、嬉しいよ」
『とてもおいしい』とまで言った手前、まさか断れるわけもなく……。
ただ黙々と彼女のチョコレートを口へ含んだのだった。




