入学試験とバレンタインデー【十八】
俺たち一年A組の全生徒が校庭へ移動したところで、レイア先生はゴホンと咳払いをした。
「――さて、本日は特別メニューとして『集団演習』を実施する! これは魂装・不意打ち・一対多数、なんでもありの『実戦』だ! 去年の九月にあった『裏千刃祭』、あれをイメージするといいだろう」
彼女は一呼吸をついた後、より詳細な話を語っていく。
「制限時間は一限終了のチャイムが鳴るまで、行動範囲は校庭全体とする。念のために言っておくが、相手を死に至らしめるような攻撃は禁止だ。後は、そうだな……。私から一つアドバイスをするならば――今日一番憎らしい奴を襲えばいいんじゃないか?」
先生は最後に妙な助言をして、集団演習の説明を終えた。
(なるほど、実戦形式の授業か……)
意味深に『特別メニュー』なんて言うから、少し身構えてしまったけど……。
さっき一瞬だけ感じた『嫌な予感』は、どうやら俺の勘違いだったらしい。
そんなことを考えていると――周囲のクラスメイトは、それぞれの魂装を展開して戦闘準備を整えていった。
「――よし、準備はできたな? それではこれより、集団演習を開始する!」
先生がそう声を張り上げた次の瞬間、
「「「――死ねぇえええええええ!」」」
十四人の剣士――すなわちA組の男子全員が、まるで示し合わせたかのように俺の元へ殺到した。
彼らの瞳にはどす黒い炎が浮かび上がり、並々ならぬ殺気を放っている。
「なっ!?」
俺は迫りくる十四の斬撃をなんとか防ぎ、大きく後ろへ跳び下がった。
「お、おいおい、これは授業だぞ!?」
今の斬撃には、凄まじい敵意と殺意が込められていた。
授業中に――ましてやクラスメイトに向けて放つものではない。
すると、
「うるせぇ、知ったことか! 一人だけ、いい思いしやがって!」
「そもそも人外のお前は、この程度の斬撃じゃ死なねぇだろうが! 今日ぐらいは、大人しく斬られやがれ!」
「リアさんという人がありながら、ローズさんをもその毒牙に掛けるとは……許せん、許せんぞぉおおおお!」
彼らはわけのわからないことを叫びながら、その切っ先をこちらへ突き付けた。
この様子だと、対話の余地はなさそうだ。
「はぁ……。もう、知らないからな……? ――闇の影」
俺がポツリと呟いた次の瞬間――漆黒の闇が吹き荒れた。
それはゆっくりと校庭を侵食していき、世界を『黒』く染め上げていく。
「で、出たぞ……っ。攻撃・防御・回復、全て揃った反則級の能力……!」
「相変わらず、とんでもねぇな……。無造作に垂れ流しているだけの闇が、なんて出力をしてやがんだ……っ」
「ひ、怯むな! 言うなれば、俺たちは光の戦士! 『大魔王アレン』を打ち滅ぼすんだ!」
深淵の闇を目にした彼らは、顔を青くしながらも前傾姿勢を取った。
そうして俺と十四人の男子生徒による真剣勝負が幕を開ける。
しかし――その戦いは酷く一方的なものとなった。
「つ、強過ぎんだろ……っ」
「畜生、出力が桁違いだ……っ。斬撃がまともに通らねぇ……」
「あんなの反則じゃねぇか……。せめて闇の衣は、禁止にしてくれよ……」
ものの五分も経たないうちに十三人の剣士が倒れ伏し、残すは最後の一人――斬鉄流の剣士テッサ=バーモンドのみだ。
「はぁはぁ……。化物め……っ」
「……なぁテッサ、そろそろやめにしないか?」
彼の全身にはいくつもの太刀傷が刻まれている。
その一方で、俺はたったの一太刀も浴びていない。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
「へ、へへ、そう焦んじゃねぇよ……。ようやくいい感じに仕上がってきたところなんだ……っ。ここからが『本番』だぜ……!」
テッサはそう叫ぶと、何もない空間へ手を伸ばした。
「斬れ――<傷の一太刀>ッ!」
その瞬間、空間を引き裂くようにして一振りの剣が出現する。
(あれがテッサの魂装か、初めて見るな……)
真っ直ぐな刀身、四角い鍔、握りやすそうな柄。
それは一見したところ、どこにでもありそうな平凡な剣だ。
しかし、そこに内包された霊力には目を見張るものがある。
「魂装<傷の一太刀>――こいつは俺が傷付けば傷付くほどに、その出力を上昇させていく! どうだ、アレン……いい感じに仕上がってんだろう?」
「あぁ。さすがだな、テッサ……!」
あれほどの出力を誇る魂装だ。
その一撃をまともに受ければ、相当な深手を負ってしまうだろう。
俺がゆっくりと正眼の構えを取れば、彼は天高く剣を掲げてジッとこちらを見つめた。
「……」
「……」
一秒、二秒、三秒――お互いに無言のまま、視線だけが火花を散らす。
(テッサは、どこまでも真っ直ぐな奴だ。あの構えから判断すれば……十中八九、大上段からの斬り落としでくるだろう)
(悔しいが、アレンは完全に格上の剣士だ。下手な小細工が通用する相手じゃねぇし、ごたごたと考えんのも面倒くせぇ……。やっぱ男なら、全体重を乗せた最強最速の一撃しかねぇだろ……!)
そうしてたっぷりと視線を交わした俺たちは――ほとんど同時に駆け出した。
「はぁああああああああ……!」
「うぉらぁああああああああ……!」
そうして俺がテッサの『間合い』へ踏み込んだその瞬間、
「斬鉄流秘奥義――斬鉄斬ッ!」
大上段から、恐ろしく真っ直ぐな斬撃が振り下ろされた。
それは『鉄を斬る』という斬鉄流の本懐が詰まった、恐ろしく美しい一撃だ。
剣士の勝負は、真剣勝負。
彼の本気には、こちらも全力で応えなくてはならない。
「五の太刀――断界ッ!」
俺は目前に迫る斬撃へ向けて、世界を断ち斬る最強の一振りを重ねた。
そうして互いの斬撃がぶつかり合った結果――テッサの魂装が真っ二つに両断され、その胸元に深い太刀傷が刻まれた。
「くそ、やっぱ強ぇな……。完敗だ、ぜ……っ」
テッサは短くそう呟き、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
こうして俺は、A組の男子十四人との集団演習に見事勝利を果たしたのだった。




