入学試験とバレンタインデー【十七】
ローズから衝撃的な告白を受けた俺は、
「こ、『好意』っていうのは、その……友達同士の好意、だよな?」
半ばパニック状態に陥りながら、なんとか必死に言葉を紡いだ。
(お、落ち着け、冷静に考えろ……っ。大勢のクラスメイトがいるこんな場所で、まさか告白なんてするわけがない!)
かつてないほど頭を回転させながら、昂った気持ちを鎮めていると、
「いいや、違うぞ。私が言っているのは、男女間における好意――いわゆる恋愛感情というやつだ」
ローズは頬を朱に染めながら、真っ直ぐな瞳をこちらに向けてそう断言した。
「そ、そう、か……っ」
異性から好意を寄せられた経験のない俺は、どう返事をしたらいいのかわからなかった。
すると――こちらの困惑具合が伝わったのだろう。
「なにも、今この場で返答を求めているわけではない。ただ、私の気持ちをしっかりと伝えておきたかったんだ」
彼女は『本命チョコの意図』について、簡単に説明してくれた。
「わ、わかった……。とにかく、ありがとな」
そうしてお礼を伝えれば、ローズは俺の手元へ視線を向けた。
「なぁアレン、せっかくの『出来立て』なんだ。もしよかったら、今食べてはくれないだろうか?」
「っと、それもそうだな」
桜のはなびらに彩られた、美しい小包を開けるとそこには――可愛らしいハート形のチョコクッキーが八つ並べられていた。
「じょ、上手だな……」
まるでお菓子屋さんで売っているクッキーみたいだ。
「ふふっ、当然ながら既製品ではないぞ? この私が、アレンのためだけに焼いたものだからな」
彼女はそんな嬉しくなるようなことを口にして、柔らかくフワリと微笑んだ。
「あ、ありがとう……っ。い、いただきます!」
俺は高鳴る鼓動を抑えながら、手のひらサイズのクッキーを一つ口へ含む。
サクサクとした小気味よい食感。
ダマのない滑らかで、ほどよい甘みのある生地。
ところどころで存在感を発揮するチョコチップ。
文句の付けどころがない、完璧な一品だ。
「ど、どうだろうか……?」
ローズは恐る恐るといった風に感想を求めてきた。
「――うん、おいしいよ。こんなにおいしいクッキーを食べたのは、生まれて初めてだ!」
「そ、そうか……! そう言ってもらえて、とても嬉しい。毎日練習した甲斐があったよ」
彼女は大輪の花が咲いたような、女の子らしい笑みを浮かべる。
「……っ」
そのあまりの可愛らしさに、俺は思わず見惚れてしまった。
「な、なんつーか、すっげぇ大胆だな……っ」
「か、かっこいい……っ。ローズさんらしいわね……!」
「くそ、今日ばかりはお前が憎いぞ……アレン……っ」
教室がにわかにざわつく中、キーンコーンカーンコーンとホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
それを合図にして、俺たちはそれぞれ自分たちの席に着く。
そのわずか数秒後――勢いよく扉が開かれ、元気溌溂としたレイア先生が意気揚々と入ってきた。
「――おはよう、諸君! 今日は年に一度のバレンタインデーだが……。うむ、いい感じに浮ついた空気が漂っているじゃないか……っ」
彼女はどこか陰のある笑顔を浮かべながら、珍しく不機嫌さを前面に表現した。
(ん……? なんだか今日は、少し機嫌が悪いみたいだな……)
俺がぼんやりそんなことを思っていると、
「――なぁ、知ってるか? 先生はあまりにも男らし過ぎて、学生時代から全くモテないらしいぜ?」
「あぁ、剣術部の先輩から聞いたよ。めちゃくちゃ顔もよくて、スタイルも抜群なのに……。恋愛って、なかなか難しいもんだよなぁ……」
「確か、今年で三十路に入るんだっけか? そろそろ結婚を焦り始める時期だろうな……」
「そう言えば……。ちょっと前に怪しげな格好をした先生が、料理教室に入るところを見かけたわよ? もしかしたら、こっそり花嫁修業をしているのかもしれないわね……」
教室のあちらこちらから、あまり知りたくなかった情報が乱れ飛んだ。
そんなみんなの呟きが、先生の耳に入ってしまったのだろう。
彼女は眉根をピクピクと引きつらせながら、怒りと悲しみの入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「さ、さて、朝のホームルームだが……。連絡事項は特になし。早速、一限の授業へ移ろうか……。今日は『特別メニュー』を用意したので、一部の生徒は覚悟をしておくように……っ」
先生は声を震わせながらそう言うと、何故かギロリと俺の方を睨み付けた。
(はぁ……。なんだかよくわからないけど、これはまた面倒なことが起こりそうだな……)
この一年、数多の厄介事を経験してきた俺だからこそわかる。
次の授業は、十中八九『荒れる』だろう。
「――よし。それでは、準備のできた者から校庭へ移動してくれ!」
それから俺は大きなため息をつきながら、クラスのみんなと一緒に校庭へ向かったのだった。




