入学試験とバレンタインデー【十五】
会長は思いがけず露出してしまった胸元を大慌てで隠し、その後は口を一文字に結んで黙り込んだ。
「……」
「……」
そうして再び、何とも言えない沈黙が場を支配する。
(やっぱり、何かおかしいぞ……。占いの結果も教えてくれないし、さっきから発言や行動が無茶苦茶だ……)
(ちょっとだけ胸を強調するだけのつもりが……。ま、まさか下着まで見られちゃうなんて……っ。――で、でも聞けた、しっかりと聞けたわ! ミルクチョコレート、そうミルクチョコレートをプレゼントするのよ!)
恥ずかしそうでもあり、またどこか嬉しそうでもある。
そんな複雑な表情を浮かべる会長に対し、俺はもう単刀直入に聞いてみることにした。
「――会長。本当は、俺に伝えたい『ナニカ』があるんじゃないですか?」
彼女の目を真っ直ぐ見つめながらそう問い掛けると、
「え……? い、いや、それは、その……っ」
会長はしどろもどろになって、視線を右へ左へと泳がせた。
この反応、やはり図星のようだ。
「大丈夫ですよ、安心してください。たとえどんなことでも、しっかり受け止める覚悟はできています。ですから――もしよろしければ、一人で抱え込まずに話してみてくれませんか?」
俺が真剣な表情でそうお願いすると、
「…………わ、わかったわ」
彼女は覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見つめた。
「――わ、私は、アレンくんのことが……っ」
「俺のことが……?」
「なんというか、その……す……っ」
「す……?」
そして耳まで真っ赤に染めた会長は、
「――ご、ごめんなさぃ。もうちょっとだけ、待ってください……っ」
何故か敬語でそう叫び、勢いよく生徒会室を飛び出してしまった。
「え、えーっと……?」
一人取り残された俺が呆然としていると――押し入れから、ほんのわずかに気配が漏れた。
(……なんだ?)
不審に思った俺が扉を開けるとそこには――必死に笑いをかみ殺したリリム先輩とフェリス先輩がいた。
「「……あ゛っ」」
どうやら気配を殺して、コッソリ忍び込んでいたようだ。
(なるほどな……)
この一件には、悪戯好きの先輩方が一枚噛んでいるらしい。
「リリム先輩、フェリス先輩……。ここ最近ずっと会長の様子がおかしいのは、もしかして先輩方のせいですか?」
俺が笑顔でそう問い掛けると、
「ち、違う違う……それは濡れ衣だぞ! シィのアレは、単なる『経験値不足』からくるものだ!」
「え、笑顔が怖いぞ、アレンくん……っ。と、とにかく――その体から漏れた邪悪な闇は、物騒だから仕舞ってほしいんですけど!」
二人はぶんぶんと首を横へ振り、身の潔白を訴えた。
「はぁ……。それで経験値不足とは、どういう意味ですか……?」
「なんというか……ほら、アレだよ。乙女ならば、誰もが一度はぶつかる『青春の壁』というやつだ」
「詳しくは話せない。でも、そんなに心配しなくても大丈夫なんですけど」
「な、なるほど……?」
正直、あまりよくわからないけど……。
とにかく会長が抱えている問題は、危険なものではないらしい。
それがわかっただけでも、大収穫と言えるだろう。
「ところで――二人は何故、そんなところに隠れていたんですか?」
この押し入れは、生徒会の資料や備品を収納するための場所だ。
当然ながら、先輩たちがこっそり隠れるためのスペースではない。
「う゛……っ。それはその……なぁ?」
「こ、細かいことは気にせず……。とにかく、『本番当日』を楽しみにしてほしいんですけど!」
すると次の瞬間――リリム先輩とフェリス先輩は、勢いよく生徒会室を飛び出した。
「あっ、ちょっと……!」
「ふはは、さらばだー!」
「また明日なんですけどー!」
二人はまるで子どものような捨て台詞を残し、廊下を走り去っていった。
追い付くこと自体は簡単だが……。
そんな速度で廊下を走るのは危険なので、仕方なくこのまま逃がすことにした。
「はぁ……。それにしても、いったいなんだったんだ……?」
どうしてリリム先輩とフェリス先輩が、押し入れに隠れていたのか。
結局、会長は何故あんなに挙動不審だったのか。
そして最後にフェリス先輩の口走った『本番当日』という謎の言葉。
正直、わけのわからないことだらけだ。
(だけど、会長がまた一人で大きな問題を抱えてなくて本当によかった……)
この不審な行動の数々は……きっとあの仲良し三人組が、また性懲りもなく俺への悪戯を計画しているんだろう。
(まぁそれぐらいで済むのならば、甘んじて受け入れよう)
千刃学院に入学してから、もうすぐ一年が経過する。
さすがにもう彼女たちの悪戯にも慣れてきた。
そうしてここ一か月、ずっと心配していたことが解消された俺は、
「――さてと、そろそろ素振りに戻るか!」
その後、日が暮れるまでずっと剣を振り続けたのだった。




