入学試験とバレンタインデー【十四】
いつもの席に着いた会長は、緊張した面持ちで口を開く。
「あ、アレンくん……っ。その、今日はここに座ってもらえないかしら……?」
彼女はそう言って、一つ隣の席をポンポンと叩いた。
「えぇ、いいですよ」
特に理由を聞かず、俺はそこへ腰を下ろす。
「……」
「……」
それから数秒間――お互いに顔を見合わせたまま、ジッと黙り込んだ。
(これは……。男の俺が、何か気の利いた話を切り出すべきだろうか……?)
そんなことを考えていると、
「な、なんか暑くなってきちゃったなぁ……?」
彼女は上擦った声でそう言うと――何故か制服のネクタイを緩め、胸元のボタンを外し出した。
制服の隙間から、瑞々しい肌と胸のふくらみがチラリと見えてしまう。
「……っ」
俺はそれを意識しないようにしながら、真っ先に脳裏をよぎった言葉を口にする。
「え、えっと……。今、冬なんですけど……?」
「……!? そ、そうね、今のは間違いよ……っ」
「は、はぁ……」
「……」
「……」
それからしばらくの間、なんとも言えない微妙な空気が流れた。
(今のは会長なりの冗談、なのか……?)
(さ、さすがはアレンくん、まさに『理性の化物』ね……。ぜ、絶対にちょっと見えてるはずなのに、ここまで冷静さを保つだなんて……っ)
時計の秒針がゆっくりと時を刻む中、
「――じ、実はお姉さん、手相占いができるのよ!」
彼女はなんの脈絡もなく、突然そんな話を振ってきた。
「手相占い、ですか?」
「えぇ、そうよ。今日は特別にアレンくんを占ってあげるわ! さ、さぁほら、手を出して?」
「は、はぁ……」
そうして求められるがままに、スッと右手を差し出すと、
「……っ」
会長は何故か生唾を呑み、恐る恐ると言った風に俺の手を両手で包み込む。
「ふ、ふむふむ、なるほど……」
彼女は少し前かがみになって、俺の生命線なんかを指でなぞっていく。
すべやかで細い指が掌を走り、少しくすぐったい。
しかし、今はそんな小さいことなんかどうだってよかった。
もっと深刻で、どうしようもなく大きな問題が起こっていたのだ。
(こ、これは駄目だろ……っ)
会長は現在、ネクタイを緩めて胸元のボタンもいくつか外している。
そんな状態で前かがみになるものだから、可愛らしい薄桃色のブラジャーが見えてしまっているのだ。
俺がありったけの理性を動員して、斜め右上に目線をやっていると、
「ね、ねぇアレンくん……。占いの精度をあげるために、一つだけ質問をしてもいいかしら……?」
彼女は少しだけ声を震わせながら、そんなことを口にした。
占いのときに質問をするのは、定番中の定番。
「えぇ、どうぞ」
俺は特に気にすることもなく、その申し出を快諾する。
「そ、それじゃ、いくわよ?」
会長はそう言ってから、大きく息を吐き出しす。
そして――。
「す、好きなチョコレートの味は何かしら……?」
潤んだ瞳をこちらに向けて、コテンと小首を傾げた。
その可愛らしい仕草に、思わず言葉を失ってしまう。
「……ちょ、チョコレートの味ですか? そうですね……強いて言うならば、ちょっと甘いミルクチョコレートでしょうか」
あまり占いには関係なさそうだけど、素直に答えることにした。
すると、
「み、ミルクチョコレートね!」
「え、えぇ」
いったい何がそんなに嬉しかったのか、会長はキラキラと目を輝かせて、両手で小さくガッツポーズを取った。
前かがみの状態でそんなことをすれば、当然胸元がこれまで以上に強調されてしまう。
「……っ」
その圧倒的な存在感に一瞬目を奪われた俺は、すぐさまブンブンと頭を振って虚空を凝視した。
心臓がいつもより速く鼓動を打ち、体温が上昇するのがわかる。
(さ、さすがにこの状態で会話を続けるのは、ちょっと苦しいぞ……っ)
そう判断した俺は、ゴホンと咳払いをした。
「あの、会長……?」
「なにかしら?」
「で、できればその……。む、胸元を締めていただけると助かるんですが……」
「胸元……? ~~っ!?」
さっきから妙なことをし続けている会長だが、どうやらこれに関してはアクシデントだったらしい。
彼女は慌ててボタンを留めてネクタイをギュッと結び、顔を真っ赤にしたまま黙り込んだのだった。




