入学試験とバレンタインデー【九】
特別試験の開始から二時間後、ちょうど百人目の相手が終わった。
「はぁはぁ……。く、そ……っ」
「大丈夫ですか?」
俺が目の前で膝を突く受験生に手を伸ばすと、
「は、はい……っ。お手合わせいただき、ありがとうございました……!」
彼はどこか嬉しそうにそう言って、深くお辞儀をした。
この様子だと闇の治療は必要なさそうだ。
残念ながら、現時点で合格者はゼロ。
俺に一太刀を浴びせた剣士は、ここまで一人としていなかった。
さすがに「どうしたものか」と考えていると――残り二百人となった受験生たちが、何事かを話し合っている様子が目に入った。
「い、いやいや……。これはちょっと強過ぎないか……?」
「『一年生最強』は伊達じゃないな……。緻密な剣術もそうだけど、なにより単純な身体能力が桁違いだ……っ」
「それに息を切らさないどころか、あそこから一歩も動いてないわよ……っ。い、今からでも一般試験に回してもらえないかしら……?」
彼らはチラチラとこちらに視線を向けながら、コソコソと小さな声で密談を交わしている。
大方、俺の弱点や動きの癖を共有し合っているのだろう。
「さて、では次の方どうぞ」
そう言って受験生たちを促すと、一人の女生徒が俺の前に立った。
「――受験番号2710番、ルー=ロレンティです。よろしくお願いしますね、アレン先輩?」
「あぁ、よろしく頼むよ」
そうして軽い挨拶を交わした後――俺は正眼の構えを取り、彼女は刃渡りの短い二本の剣を引き抜く。
(あれは、小太刀か……? それにしても、双剣使いとは珍しいな……)
ルー=ロレンティ。
透き通るようなピンク色のミディアムヘア。
愛嬌のある可愛らしい顔立ち。
背は少し低く、だいたい百五十センチ半ばぐらいだ。
瑞々しい健康的な肌に引き締まった体付き。
白を基調とした、どこかの剣術学院の制服を身に纏っている。
(……この子、強いな)
今までの受験生たちとは一味違う。
独特な『圧』と『経験』のようなものを感じさせた。
「それじゃ、いきますよぉ?」
「あぁ、来い」
俺がコクリと頷いた次の瞬間、ルーはその小さな体をばねのようにはじき、一呼吸のうちに間合いを詰めてきた。
「――ハッ!」
十分な加速を積んだ彼女は、その勢いのまま右の小太刀で突きを繰り出す。
俺の胸部に狙いを定めた、情け容赦のない素晴らしい一撃。
(……いい踏み込みだ)
俺はぼんやりそんな感想を抱きながら、斜め下からの斬り上げで迎え撃つ。
互いの斬撃がぶつかり合い、硬質な音が響き渡った。
「くっ……そこッ!」
力で勝てないと判断した彼女は、すぐさま体を回転させて左の小太刀で袈裟切りを放つ。
(初撃を防がれた後の対応もしっかりしているな……)
きっと何度も繰り返し練習したパターンなんだろう。
流れるように無駄のない動きで、突きから袈裟切りへ素早く移行してみせた。
俺は軽く半歩だけ下がり、必要最小限の動きでそれを回避する。
「――脇腹を蹴るぞ」
「……っ!?」
その忠告を耳にしたルーは、咄嗟に双剣で腹部を防御した。
俺はそこへしっかり体重を乗せた中段蹴りを放つ。
「ぐっ、重、ぃ……!?」
彼女は大きく吹き飛ばされながら、なんとか空中で姿勢を制御し、見事に衝撃を殺し切った。
(反応速度、体捌きも申し分ないな)
小柄な体躯のため、斬撃は少し『軽い』けれど……。
それは体が成長していけば、どうにでもなることだ。
俺が一人でそんな分析をしていると、
「……さすがはアレン先輩。一太刀くらいならいけるかな、って思っていたんですけど……。少し目算が甘かったようですね……っ」
ルーは顔を曇らせながら、下唇を薄く噛む。
(……このままじゃ、マズいですね。千刃学院に入学して、アレン先輩と『関係』を持たないと何も始まらない……っ)
それから彼女は大きく息を吐き出し、二本の小太刀を手放した。
「はぁ……。まさかこんなところで、披露することになるなんて予想外ですよ」
その瞬間、ルーの放つ雰囲気がガラリと変わる。
(なるほど、やはり発現していたのか……)
これほどの実力者だ。
もしやとは思っていたが、どうやら予想が的中したらしい。
「堕とせ――<共依存の愛人>ッ!」
すると次の瞬間――何もない空間を引き裂くようにして、赤茶けた二本の小太刀が出現した。
(研ぎ澄まされた剣術、高い身体能力、それに加えて魂装も発現している……)
これは十分に合格基準を満たしているだろう。
俺がそんなことを考えていると、
「……ねぇ、アレン先輩。この戦いが終わったら、ちゃんと傷は治してくれるんですよね?」
ルーは小首を傾げながら、突然そんな質問を口にした。
「あぁ、もちろんだ」
「そうですか。それじゃ――私、痛いのは苦手なので、すぐに助けてくださいね?」
彼女はそう言って儚げに笑うと、
「ふぅ……やぁっ!」
突然、その小さな左の掌に<共依存の愛人>を深く突き立てたのだった。
※とても大事なおはなし!
一億年ボタンの書籍化について、新たな情報が解禁可能となりました!
イラストレータは、もきゅ様!
発売日は、10月19日(土)です!
キャラクターデザイン・予約の開始時期・特典情報などにつきましては、また後日この『後書き』欄にてご連絡させていただきます。
発売まで後一か月半、なんだかもう胸がドキドキしてきました……!




