入学試験とバレンタインデー【八】
無事にグラン剣術学院の後輩を撃退した俺は、受験生を不安にさせないよう努めて明るく挨拶をする。
「――みなさん、はじめまして。入学試験の主任試験官を務めるアレン=ロードルです。そしてこちらが、その補佐に付いていただけるリア=ヴェステリアとローズ=バレンシアです」
簡単にそう紹介すると、二人は軽くお辞儀をした。
試験の開始を悟った受験生たちはすぐに口をつぐみ、真剣な表情でこちらを見つめる。
(三千人の視線は、さすがに『くる』ものがあるな……っ)
強い圧迫感と緊張感に晒されながら、俺は努めて冷静に説明を続ける。
「募集要項にあった通り、今年度は『一般試験』と『特別試験』を実施します。一般試験は、身体能力・剣術・面接の三部構成。こちらは例年と全く同じ形式を採用しており、試験開始前にそれぞれ簡単な説明をさせていただきます」
そこで一拍置いてから、続けて今年度だけ実施される特別な試験について語る。
「そして特別試験、これは俺と受験生による一対一の模擬戦になります。俺に一太刀でも浴びせた受験生は即合格、残念ながら敗れてしまった方については――その場で本日の試験を終了とさせていただきます」
俺がそう言うと、
「「「……っ」」」
受験生の間に大きな衝撃が走った。
「ただ――特別試験を突破できなかったからと言って、それが必ずしも不合格に繋がるわけではありません。あちらにいらっしゃる副理事長がみなさんの戦いぶりを採点し、それが千刃学院の定める合格基準に達していた場合は、もちろん合格とさせていただきます」
そんな補足説明を加えると、彼らはホッと胸を撫で下ろす。
「また、これは『実戦』ではなく『試験』です。当然俺はほどほどに手を抜きますし、こちらから致死性の攻撃を加えることは絶対にありません。もちろんちょっとした負傷は、覚悟してもらうことになりますが……。その場合は戦いが終わった後、すぐにこの『闇』で治療をしますから安心してください」
俺は自分の左手を浅く斬り付け、すぐさまその傷を闇で完治させた。
すると次の瞬間、
「で、出たぞ!? アレが剣王祭でイドラ=ルクスマリアを破った『闇』だ……!」
「が、眼福だぁ……っ。今日ここへ来た甲斐があったよ……!」
「……凄まじいな、アレが闇の治癒能力か。即死級の傷も魔獣や魔族の呪いも、ありとあらゆるものを問答無用で癒やすらしい……。回復系統の魂装としては、最高位に位置するものだともっぱらの評判だ」
「しかも、ほとんど全ての攻撃を『漆黒の衣』で自動防御するらしいぜ?」
「そのうえひとたび攻撃に回れば、千刃学院を崩壊させるほどのとんでもない威力があるとか……!」
「見た目もめちゃくちゃかっこいいし、性能も完璧とか……。あぁ、うらやましいなぁ……っ」
受験生からキラキラとした熱い視線が向けられた。
闇の回復効果を実演したことで、彼らの不安を少し取り除くことができたようだ。
そうして一通りの説明を終えた俺が、リアとローズに目配せをすれば――二人は優しく微笑みながら、コクリと頷いてくれた。
(ふぅ、よかった……)
どうやら今の説明に不備はなかったようだ。
こっそり安堵の息を吐いた俺は、時計塔へ目を向けた。
(……よしよし、ちょうどいい時間だな)
途中予期せぬトラブルはあったものの、今のところタイムスケジュールに乱れはない。
ここまでは全て順調に進んでいると言っていいだろう。
「――それでは一般試験を希望する受験生は、リアとローズの誘導に従ってください。特別試験を希望する方は、この場に残ってください」
俺がパンと手を打ち鳴らすと、大勢の受験生がリアとローズの元へ集まっていった。
「それじゃ、アレン。私たちは一般試験の会場へ向かうわね」
「こちらの方は、私たちに任せてくれ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
二人はそう言って、受験生の大部分を引き連れて移動を開始した。
(……それにしても、けっこう残ったな)
眼前に広がるのは、戦意に満ちたいい目をした剣士たちばかり。
(しかし、まさか三百人を越えてくるとは思わなかったな……)
先生は「好き好んでアレンとの戦いを望む命知らずは、そういないはずだ。私の目算では、だいたい十人も残ればいいところだな。それ以外の受験生は、一目でいいから『生のアレン=ロードル』を見たいというミーハーな連中だろう」と言っていたけど……。
この現状を見る限り、彼女の予想は大外れだ。
(一応先生からは「<暴食の覇鬼>さえ使わなければ、どれだけ暴れても構わない」と言われているんだけど……)
さすがにそこまで無茶苦茶するつもりはない。
こっそり十八号さんと相談した結果――飛影や八咫烏のような『技』を封じて戦うのがちょうどいい、という結論に落ち着いた。
「さて――それではこれより、特別試験を開始します。準備のできた方から、受験番号とお名前を教えてください」
俺がそう言うと、早速一人の剣士が名乗りをあげた。
「受験番号2521番、ヴァラン=セームガルドです! よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして俺と受験生たちの特別試験が始まったのだった。




