入学試験とバレンタインデー【六】
入学試験の試験官を引き受けた後は、それまでと打って変わって比較的穏やかな日々を過ごした。
日中はいつも通りの厳しい授業、放課後は素振り部の活動。
それが終われば一度寮に戻って、リアと一緒に晩御飯を食べてから夜遅くまで素振り。
(一見すれば何不自由のない、理想的な剣術ライフなんだが……)
たった一つだけ、気掛かりなことがあった。
(なんというか、ぎこちないんだよなぁ……)
ここ最近会長の様子がおかしい。
目を合わせればサッと逸らすし、近付けばそれとなく距離を空ける。
その癖少しばかり放置していると、どこか寂しそうにこちらを見つめてくるのだ。
リリム先輩とフェリス先輩は、何故かニヤニヤしながら「気にするな」と言っていたけど……。
(今日でもうほとんど三週間だ……。さすがにちょっと心配だな……)
あの見るからに挙動不審な態度。
もしかしたら、俺にだけ伝えたい『ナニカ』があるのかもしれない。
(……よし。今度二人きりになったとき、それとなく聞いてみることにしよう)
俺はそんなことを考えながら、今日も今日とて剣を振り続けた。
■
そうして迎えた二月一日、今日はいよいよ千刃学院の入学試験だ。
現在の時刻は午前八時三十分、試験開始のちょうど三十分前。
試験官を任された俺とリアとローズの三人は、一足先に千刃学院へ向かい、それぞれの準備を整えていた。
(ふぅ、さすがに緊張してきたな……)
入学試験実行委員会の本部――一年A組の教室で、俺は小さく息を吐き出す。
受験というのは、人生における一大イベントの一つだ。
(受験生は今日この日のために、中等部での三年間必死に修業を積んできたんだ……)
試験官を任されたからには、その自覚と強い責任感を持って、ミスなく完璧な進行をしなければならない。
(……大丈夫だ、問題ない)
入学試験実施要項は、隅から隅まで何度も目を通した。
試験会場への移動経路、緊急時の対応、トラブルマニュアル――何が起きても大丈夫なよう、全て頭に叩き込んだ。
三週間という準備期間で、できる限りのことはしてきた……と思う。
(それに試験方法と採点基準は、学院側が厳格に定めているしな)
俺たちが今日すべきことは、そこまで難しいものじゃない。
予め決められた試験を執り行い、受験生の結果を記録していく――ただそれだけだ。
俺たち在校生を試験監督として起用しているのは、てきぱきとした先輩のかっこいい姿を見せて、入学後の発奮材料にしてもらうのが狙いらしい。
(とにかく、落ち着いてやれば大丈夫だ……)
入学試験実行委員と記された腕章を付け、レイア先生から渡された小型のトランシーバーを耳に装着する。
「――これでよしっと。リア、ローズ、そっちはどうだ?」
「ばっちりよ、いつでもいけるわ!」
「こちらも同じだ。いつでも構わないぞ」
二人はそう言って、元気よく頷いた。
その後、試験開始のちょうど三十分前に差し掛かったところで、
「――こちらレイア。準備はどうだ?」
小型のトランシーバーから、先生の声が聞こえてきた。
「こちらアレン。もう全員ばっちりです」
「了解した。では、そろそろ試験会場へ移動してくれ。それと……もし何かトラブルが起きた場合は、すぐに連絡を回してくれると助かる。こちらからは以上だ」
そうして通信は、プツリと途切れた。
「――よし、それじゃ試験会場へ向かおうか」
「えぇ」
「あぁ、そうしよう」
こうして俺たち三人は、試験会場である本校舎前へ移動し始めたのだった。
■
本校舎前に到着した俺たちは、ほどよい緊張感を抱きながら静かに『そのとき』を待った。
およそ十分後。
大勢の受験生を連れた副理事長が、こちらに向かってくるのが見えてきた。
「す、凄い数だな……っ」
「三千人……こうして見るとやっぱり多いわね」
「ふむ、これはなかなかに骨が折れそうだな」
俺たちが小さな声でそんな感想を漏らしていると、
「お、おい見ろアレ……! アレン=ロードルだぞ……!?」
「す、すっげぇ、本物だ……っ」
「噂に聞く『闇の力』……。一回だけでいいから、生で見せてくれねぇかなぁ……っ」
俺の姿を見た受験生たちは、何故か興奮した様子でざわつき始めた。
その間にも、副理事長は手早く受験生を整列させていく。
そうして全ての準備が整ったところで、全員の視線が俺に集中するのがわかった。
「――さっ、アレン。みんながあなたの説明を待っているわよ?」
「あまり緊張し過ぎないようにな」
「あぁ、頑張るよ」
リアとローズの後押しを受けた俺は、一歩前へ踏み出す。
「それではこれより千刃学院の入学試験、その試験概要を説明していきたいと――」
そうして口を開いた次の瞬間、
「――おいこら、卑怯者の『落第剣士』!」
かつてよく耳にした悪口が、学院中に響き渡った。
声のした方を見れば――『グラン剣術学院』の制服を着た三人の剣士が、敵意に満ちた目でこちらを強く睨み付けていた。
「お前のような学院最下位の落ちこぼれが、あのドドリエル先輩に勝てるわけがないんだよ!」
「どんな卑怯な手を使ったのかは知らないが……。きっと何かとんでもないイカサマをしたに決まっている!」
「てめぇのせいで、ドドリエル先輩は道を踏み外した……っ。その落とし前、ここできっちり付けさせてもらうぞ!」
彼らはそう言って、勢いよく剣を引き抜いた。
どうやら、ここでやる気のようだ。
「はぁ……。……こちらアレン。すみません、早速トラブルが発生したようです……」
俺は大きなため息をこぼしながら、耳に嵌めた小型のトランシーバーを使って、先生に連絡を入れたのだった。




