入学試験とバレンタインデー【四】
天子様とロディスさんが理事長室を退出した直後、レイア先生はゴホンと咳払いをした。
「急に呼び出してすまなかったな。少し驚かせてしまったか?」
「えぇ、さすがにビックリしましたよ……」
軽い気持ちで担任の先生に会いに来たはずが、そこにいたのは自国の元首様だった。
こんなの誰だって驚くに決まっている。
「すまんすまん。しかし、天子様も言っていた通り、今回のはまさに『電撃訪問』でな。私もつい先ほど連絡を受けて、大急ぎで部屋の掃除をしたところだ」
先生はそう言いながら、仕事用の椅子に腰を下ろす。
「まぁ、少しだけ真面目な話をするとだな……。貴族派の連中には、くれぐれも注意してくれ。奴等からすれば、アレンを手中に収めたその瞬間、皇国を取ったも同然の状況だからな」
彼女は俺の目をジッと見つめながら、強い忠告を発した。
「……皇族派の窮状は、よくわかりました。しかし、どうして貴族派は、そこまで強い力を持っているんですか?」
「それは……まぁ話してしまっても問題ない、か」
先生は一瞬だけリアの方へ視線を向けてから、ポツリとそう呟いた。
「天子様の『ウェンディ家』は、質素倹約を国是としていてな。国民第一のその考えにより、税率は五大国中でも最低水準。政府の歳入は雀の涙だが、そのぶん国民の生活は豊かになった」
彼女は一拍だけ間を置いてから、さらに詳しく語っていく。
「しかし、それと同時に貴族が力を持ち過ぎてしまった……。奴等は庶民のための法や施策を悪用し、これでもかというほどに私腹を肥やした。さらに一部の貴族は、あちこちへ不正な献金を行い、その力を増大させて大貴族となる。そうして過去数世代にわたって、汚職が繰り返された結果――貴族派の圧倒的有利なこの状況ができあがったというわけだ……」
「なるほど……」
どうやら皇族派の苦境は、長い年月を掛けてゆっくりと作り上げられたもののようだ。
「これではマズいと判断した皇族派のロディス=アークストリアは、先代の天子様をなんとか説得し、当時わずか十歳だった今代の天子様――ヴェンディ=リーンガードを擁立した。貴族派はこれを『アークストリア家の降伏』と喜び、傀儡政権の誕生だと諸手をあげて歓迎した。しかし、希代の智謀を持つ天子様は、即位したその日に『とんでもない一手』を打った」
「とんでもない一手……?」
「彼女はなんと、あの悪名高いリゼ=ドーラハインと『協定』を結ぶことを発表した」
予想外の名前が飛び出したことに、俺たち三人は目を見開いた。
「当時から『血狐』と『闇』の繋がりは有名でな。一国の元首がそんな黒い人物と協定を結ぶなど、前代未聞のことだった。当然貴族派の連中は強く反発し、狐金融に対して強い圧力を掛けた。リゼの構えていた店は見るも無残に踏み荒らされ、ドレスティアにある屋敷には火まで放たれたそうだ」
「ひ、ひどい……っ!」
「うわぁ、とんだ命知らずもいたものね……」
「信じられない馬鹿たちだな……」
リアとローズの反応は、俺と真逆のものだった。
「そしてその翌日、リゼの店を荒らした貴族派の手の者は――『消えた』」
「……消えた?」
「あぁ、そうだ。いったいどうやったのかは知らんが、全員が全員なんの痕跡も残さずに消えた。聖騎士たちが懸命に調査した結果、死体はおろか遺留品すら見つからなかったらしい……。リゼは正体不明の奇妙な魂装を使う。十中八九、奴の仕業と見て間違いないだろう」
先生は真剣な表情で話を続けていく。
「この不可解な事件により、貴族派は大きな混乱に陥った。その間、国の後ろ盾を得たリゼは狐金融を一気に拡大させ、天子様は貴族の締め上げを粛々と行っていった。それから五年、彼女は必死に膿を出し切ろうと頑張っておられるが……。リゼとの協定期間が終わった挙句、貴族派は七聖剣の一人を囲い込み、圧倒的な武力を手にしてしまった。――少し長くなってしまったが、これが皇族派と貴族派の歴史だよ」
そうして全ての話が終わったところで、
「ねぇ、ここまで聞いておいて今更なんだけど……。この話って、私が聞いたらマズいんじゃないかしら……?」
ヴェステリアの王女であるリアは、ポリポリと頬を掻きながらそう問い掛けた。
確かに皇国の腐敗した内情を他国の王女に知られるというのは、外聞が悪いだろう。
「いいや、構わないさ。皇国の腐敗は、国の上層部では有名な話だからな……。それに今の話は、グリス――リアの父親もよく知っていることだ」
先生は苦々しい表情でそう呟いた。
そうして何とも言えない重苦しい空気が流れ出したところで、
「さて、難しい話はこのぐらいにして……そろそろ本題へ移ろうか!」
先生はパンと手を打ち鳴らし、明るい声を発した。
「君たち三人――特にアレンには、ちょっとしたお願いごとがあるんだ」
「お願い、ですか……?」
「あぁ、そうだ。アレン、君には今年度の入学試験――その試験監督を務めてもらいたいんだよ」
「……え?」
先生はそんなとんでもないことを口にしながら、千刃学院の『入学募集要項』を取り出したのだった。




