入学試験とバレンタインデー【三】
天子様は、あまりに突拍子もないことを口にした。
(全てをひっくり返す逆転の一手が……俺?)
それに『特異点』だなんだと言われても、どう反応したらいいのか困ってしまう。
「す、すみません。おっしゃっている言葉の意味が、よくわからないのですが……?」
俺がそう至極真っ当な疑問を口にすると、
「まさかとは思いましたが……。やはりご自覚されていなかったようですね……」
彼女は一瞬だけ呆れたように目を見開き、それからゆっくりと説明を始めた。
「アレン様の周りには、日を追うごとに『人』が集まっております」
「人、ですか……?」
「はい。『黒白の王女』の異名を取るヴェステリアの次期国王、リア=ヴェステリア。かつて世界最強と謳われた、桜華一刀流の正統継承者ローズ=バレンシア。『狐金融』の元締め、『血狐』のリゼ=ドーラハイン。七聖剣の座を蹴った『奇人』、クラウン=ジェスター。神託の十三騎士、レイン=グラッド。世界的に著名な剣士たちが、あなたの人柄や将来性――不思議な魅力に惹かれ、続々と『アレン派閥』に集結しています」
「あ、アレン派閥って……」
あまりに大袈裟なその表現に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「これは冗談ではありませんよ? アレン様ほどの突出した個は、世界広しといえど、そういるものではありません。わずか十五歳にして国家戦力級の剣士――神託の十三騎士を三人も斬り捨てたその武力。それに加えて、人を惹き付けてやまない不思議な力。今やアレン派閥の『立ち位置』によって、皇国の勢力図は大きく塗り替わります。あなたという存在は、それだけ大きなものとなっているのです」
「そ、そんな大袈裟な……」
いくらなんでも、さすがにそれは言い過ぎだ。
ほんの一年ほど前まで『落第剣士』と蔑まれてきた俺が、皇国の勢力図をどうこうできるわけがない。
「大袈裟ではありません。事実、私とロディスが今日この場へ足を運んだのは、アレン様へ『誠意』を見せるためです」
「誠意……?」
「簡潔に言うならば――あなたと敵対したくない、という意思表明です」
天子様は終始真剣な様子で、真摯に言葉を紡いでいく。
「昨日の一件で、おそらくアレン様は私や皇国に不信感を抱いたことでしょう」
「……そう、ですね」
俺が正直にコクリと頷くと、彼女の瞳に一瞬だけ怯えの色が映った。
「……貴族派はまず間違いなく、この機に乗じてアレン様との接触を試みるはずです。そして万が一にも、あなたが向こう側に与すれば……。ただでさえ旗色の悪い皇族派の私たちには、もはやどうすることもできません……」
天子様は暗い表情のまま一歩前へ踏み出し、その小さな手で俺の右手をギュッと握り締めた。
「皇族派に加わってください、とまでは言いません。おそらく私が今話した内容も、その全てを真実として鵜呑みにすることはできないでしょうから……。――ですが、どうかお願いです。貴族派の甘言に惑わされず、せめて『中立』の立場を守ってはいただけないでしょうか!?」
彼女はそう言って、真っ直ぐ俺の目を見つめた。
その目はどこまでも透き通っており、とても嘘をついているとは思えない。
「……申し訳ございません。一度にたくさんの情報が入ってきたため、少し頭の整理が追い付いていません」
皇族派だの貴族派だのアレン派閥だの……。
そんなことをいきなり言われた挙句、正しい判断を下せというのは中々に無茶な話だ。
それに第一、天子様の話が全て本当だという確証もない。
(実際慶新会のとき、彼女は一度俺のことを刺そうとしてきたしな……)
残念ながら、天子様を信用することができないというのが正直なところだ。
「そう、ですか……」
俺の言葉から否定的なニュアンスを感じ取ったのだろう。
彼女は小さく手を震わせながら、力なくそう呟いた。
「この場ですぐに判断することはできませんが……。一つだけ、はっきりと言えることがあります」
「……なんでしょうか?」
「この国には俺の大事な人がたくさんいます。だから俺は、皇族派や貴族派といった括りに関係なく、自分の剣が届く範囲でみんなを守りたいと思っています」
ゴザ村に残してきた母さんや竹爺。
グラン剣術学院時代、ひどいいじめに苦しんでいた俺を陰からそっと支えてくれたポーラさん。
リアやローズ、会長にリリム先輩にフェリス先輩、それからクラスのみんな。
最近は少し関係の改善してきたシドーさんや熱狂的な信者のカインさん。
他にもイドラさんやリゼさんにクラウンさん。
この国には、俺の大切な人がたくさんいる。
(国政や派閥のような難しいことは、正直あまりよくわからない……)
だから俺は、自分の剣が届く範囲で大切な仲間たちを守る。
十数億年の修業によって身に付けたこの剣術は、きっとそのためにあるはずだ。
「……そうですか、その言葉を聞いて安心することができました」
天子様は安心したように微笑みを浮かべ、
「――レイア理事長。突然の訪問にもかかわらず、お時間を融通していただきありがとうございます。お陰様でアレン様との間に生まれた誤解も無事に解け、非常に実りあるお話をすることができました。では、私はまだ政務がございますので、このあたりで失礼いたします」
優雅に一礼をしてから踵を返した。
そうして俺たちの横を通り抜け、理事長室の黒い扉に手を掛けたそのとき――彼女の足がピタリと止まった。
「……ねぇ、アレン様」
「はい、なんでしょうか?」
「またいつか、今度はちゃんと二人でお茶をしませんか?」
「……えぇ、喜んで。ただ前のような乱暴だけは、ご遠慮願いますよ?」
「ふふっ、もちろんです」
そうして悪戯っ子のように笑った天子様は、ロディスさんを引き連れて理事長室を後にしたのだった。




