入学試験とバレンタインデー【一】
一月八日。
激動の一日を無事に乗り越えた俺は、朝のひんやりした冷気を浴びながら、リアと一緒に千刃学院へ向かっていた。
「けっこう冷えてるなぁ……。今日の最低気温は、確か零度を下回るんだっけ……?」
「そうね。だから、アレンもちゃんとご飯をいっぱい食べて、風邪を引かないよう注意しないと駄目よ?」
リアはそう言いながら、人差し指を一本だけ立ててグィッと顔を寄せてきた。
「あ、あはは……っ。な、なるべく頑張ってみるよ……」
どういうわけか、彼女は俺のことを小食だと思っているらしい。
(実際のところは、リアがとんでもなく大食いなだけなんだけど……)
さすがに年頃の女の子に向かって、「よく食べるね」と言うわけにはいかない。
一応それぐらいのデリカシーは、持ち合わせているつもりだ。
(とりあえず、リアを心配させないよう頑張ってみるか……)
一緒に共同生活をしているんだから、パートナーに余計な心配を掛けるわけにはいかない。
今日から少しずつ食べる量を増やして、ちょっとずつ胃袋を大きくしていこう。
その後、本校舎に入った俺たちは、長い廊下を真っ直ぐ進んで一年A組の扉を開けた。
すると、
「――おーっ、アレンにリアさん! 二人とも、体の具合はもう大丈夫なのか!?」
「急に早退しちゃうんだから、ビックリしちゃったよ……っ」
「まぁ何はともあれ、元気そうで何よりだ……。でも、あんまり無理するんじゃねぇぞ?」
クラスのみんなはそう言って、口々に俺たちの体調を気遣った。
(これは……。なるほど、そういうことか……)
今の話を聞く限り――昨日俺たちが午後の授業を欠席した件については、『体調不良で早退した』ということになっているようだ。
おそらくレイア先生が気を回してくれたんだろう。
瞬時にそれを理解した俺とリアは、互いに顔を見合わせてコクリと頷く。
「え、えーっと……。一日休んだから、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんな」
「私もアレンもすっかり元気になったから、もう心配はいらないわ。ありがとうね」
俺たちはみんなを安心させるために小さな嘘をつき、その場を丸く収めることにした。
それから俺とリアは自分たちの席に鞄を置き、机に教科書を詰め込んでいく。
(しかし、みんなのあの反応から判断すると……。やっぱり昨日の一件は、誰も知らないみたいだな……)
あれほどの大事件にもかかわらず、新聞やラジオは全く何も報じなかった。
(おそらく天子様やロディスさんが各所へ手を回し、『情報統制』を行ったんだろうな……)
その後、いつものように芸術的な寝癖を作り上げたローズが登校し、三人でちょっとした雑談に花を咲かせていると――教室の前の扉が勢いよく開かれた。
「――おはよう、諸君! では早速、朝のホームルームを始めようか!」
意気揚々と登場したレイア先生は、簡単な連絡事項を手短に伝えていく。
それから俺たちは午前の授業を受け、校庭を利用した筋力と持久力のトレーニングをみっちりと行った。
そうして迎えたお昼休み。
リアとローズと共に『お昼ご飯の会』……ではなく、生徒会の定例会議に出席しようとしたそのとき。
『――一年A組アレン=ロードルくん・リア=ヴェステリアさん・ローズ=バレンシアさんは、至急理事長室まで来てください。繰り返します。一年A組の――』
院内放送が鳴り響き、俺たちは三人とも呼び出しを受けてしまった。
「理事長室ってことは、レイアが呼んでいるのよね……? いったいなんの用かしら?」
「昨日の一件か……? いや、それなら会長たちも呼ぶはずだな……」
リアとローズは首を傾げながら、それぞれの考えを口にした。
(昨日の今日で、わざわざこの三人を呼んだということは……。おそらく『例の一件』についての話だろう……)
ただそうなるとローズの言っている通り、何故俺たち三人だけが呼び出されたのかがわからない。
「まぁ……とりあえず、理事長室へ行ってみようか」
俺がそんな提案を口にすると、
「えぇ、そうね」
「ここで考えていても埒が明かないしな……。そうするとしよう」
二人はコクリと頷き、弁当箱を鞄の中にしまってから理事長室へ向かった。
長い廊下を右へ左へと進むと、前方に理事長室が見えてきた。
いつものように俺が三人を代表して、黒塗りの扉をコンコンコンとノックすれば、
「――どうぞ」
鈴を転がしたような美しい女性の声が返ってきた。
「「「……?」」」
俺たちは同時に顔を見合わせた。
今のは明らかにレイア先生の声じゃない。
どうやら理事長室の中には、誰か他の人もいるようだ。
「――し、失礼します」
少し緊張しながら、ゆっくり扉を押し開けるとそこには、
「あ、あなたは……っ!?」
「――お久しぶりでございます、アレン様」
リーンガード皇国の元首――天子様の姿があったのだった。




