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一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた~落第剣士の学院無双~  作者: 月島 秀一


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アレン細胞と政略結婚【五十四】


 アレンたちと別れた後、シィは久しぶりに自分の寮へ戻った。


「まさか、無事に帰って来られるなんてね……」


 文字通り決死の覚悟で帝国へ向かった彼女は、目の前に広がる『日常』にホッと一息をついた。


(それにしても、少し(・・)散らかっているわね……)


 脱ぎ捨てられた衣服、読みかけの少女漫画、お菓子の空袋――それらがあちこちに散らばった生活感にあふれた部屋。


 足の踏み場こそあるものの、お世辞にも『綺麗』と呼べる代物(しろもの)ではない。


 彼女は昔から、絶望的に片付けが苦手だった。


「えーっと、なにか飲み物はっと……」


 部屋の隅に置かれた大きな冷蔵庫を開け、中にあった冷えた水で喉を(うるお)す。


「……ふぅ。さてと……とりあえず、お風呂にでも入ろうかしら」


 そうして脱衣所へ向かったシィは、仕切り用のカーテンを閉め、アレンに借りた男子用のジャケットに手を掛けた。


「……そう言えばこの制服、アレンくんが着ていたのよね?」


 自分の寮にいるにもかかわらず、彼女はキョロキョロと周囲を見回した。

 そうして誰もいないことをしっかり確認してから、手元のジャケットへゆっくりと顔を近付けていく。


「……ふふっ、アレンくんのにおいだぁ」


 それから少しの間、制服に染み込んだにおいを堪能したシィは、


「――よし、今度新しい制服を買って渡しましょう。きっと新品の方が、彼も喜んでくれるわ」


 言い訳がましくそう言って、アレンの制服を大事そうに畳み、洗濯機の『上』にポスリと載せた。


 その後、ボロ布と化したウェディングドレスと黒の下着を脱ぎ、髪をまとめる用のタオルを持って浴室に入る。


(それにしても、アレンくんの『闇』って本当に便利な能力よねぇ……)


 シャワーで疲れと汗を流しながら、心の中でそう呟く。

 浴室に取り付けられた鏡には、傷一つ(・・・)ない(・・)自分の裸体が映っていた。


(グレガとの戦いでけっこう斬られたはずなのに……。あの不思議な闇にかかれば、あっという間に完治だもんなぁ……。たとえ回復系統の魂装使いでも、あの短い一瞬でここまで完璧な治療は難しいんじゃないかしら……?)


 そんなことを考えながら、頭と体を綺麗に洗っていく。

 そうして体についた泡を流し終えてから、その長い黒髪をタオルでまとめ、ゆっくりと湯船につかった。


「あぁ、いいお湯……」


 体の芯までじんわりとぬくもりが染み込み、全身の筋肉がほぐされていく。

 肩までとっぷりと湯につかり、つま先までピンと伸ばしたシィは――小さくため息をこぼした。


「また明日から、大変になりそうね……。お父さんが『関係各所と連絡を取る』って言っていたけど、きっとまた『貴族派』の連中が騒ぎ立てるに決まっているわ……」


 国政における様々な厄介ごとが頭をよぎる中――シィは感嘆の息をこぼす。


「それにしても、かっこよかったなぁ……っ」


 彼女の目には、あの瞬間の光景がしっかりと焼き付いていた。


 敵地のど真ん中で神託の十三騎士に敗れ、まさに絶体絶命の状況となったあのとき――颯爽と駆け付けた闇の剣士。


 彼は国家戦力級のグレガだけでなく、『国のために尽くす』というアークストリアの宿命をも断ち斬り、定められた死の運命からシィを救い出した。


 それはまるで、おとぎ話の中から飛び出してきた王子様のようだった。


(でも、お父さんが言っていた通り……。アレンくんは人気だからな……)


 彼女は難しい表情を浮かべて、一人考え事を始める。


(リアさんは絶対に彼のことが好きだし、もしかするとローズさんも狙っているかもしれないわ……。それに噂によれば、白百合女学院のイドラ=ルクスマリアもちょこちょこと顔をのぞかせているとか……)


 そうして冷静に現状を把握した彼女は、次に『敵戦力』の分析に入る。


(リアさんは誰もが振り返る絶世の美女でスタイルも抜群。ローズさんは『可愛い』というよりは、『美しい』顔で羨ましいぐらいに締まったスレンダーな体。イドラさんは人形のように整った綺麗な顔立ちで、胸は少し控え目だけど……。アレンくんの好みが小さい方だったら、一番の強敵になるかも……)


 競争相手は、一筋縄ではいかぬ強敵揃い。

 それに何より――リアもローズもイドラも全員がアレンと『同学年』という優位性を持っていた。


(……あれ? もしかして私……けっこう不利な状況じゃないかしら?)


 その結論にたどり着いたその瞬間、シィの胸がチクリと痛んだ。


「だ、大丈夫よ……っ。私だってそんなに負けてないわ……。顔もそれなりに整っていると思うし、体つきも『男の子が好きそうな感じ?』のはず……。何よりお姉さんには年上の包容力が――大人の魅力があるわ!」


 年上と言ってもわずか一歳差であり、アレンには『妹みたい』と言われてしまっているのだが……。

 そんなことは、彼女の頭からすっかり抜け落ちていた。


(と、とりあえず、何か行動を起こさないとまずいわね……っ。今度それとなくお茶にでも誘ってみようかしら?)


 彼女はそんなことを考えつつ、湯船から上がって脱衣所に向かった。


 体の水気を拭き取り、あらかじめ用意しておいた寝間着に着替える。

 それからちょっとした晩御飯を食べて、すぐに寝支度を済ませた。


(ふわぁ……。もうこんな時間か、そろそろ寝ないといけないわね……)


 時刻は深夜零時。

 日々過酷な修業に励む剣術学院の学生は、もう寝静まっている頃だ。


 シィは目元をこすりながら勉強机に座り、その引き出しから分厚い日記帳を取り出した。

 毎晩寝る前、彼女は必ず今日一日の出来事をこの日記にまとめている。


「んー……」


 シィはペンを片手に、今日一日を振り返っていく。

 それから十分後。


「終わったぁー……っ」


 日記を書き終えたシィは、大きなベッドへ寝転がり――ほんの一分もしないうちに、すやすやと規則的な寝息を立て始めた。


 波乱の一日について記されたその日記の冒頭には、可愛いらしい丸文字でこう書かれてあった。



 ――今日、生まれて初めて好きな人ができました。



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