アレン細胞と政略結婚【四十八】
『潜伏中』・『裏切った』・『陛下直属の四騎士』・『しくじった部下の粛清』――目の前で飛び交った信じられない言葉の数々に、俺たちは思わず言葉を失った。
そんな中、
「セバス、あなたやっぱり……っ」
この事態を予見していたかのように、会長だけが素早く剣を引き抜く。
「すみません、会長。どうやらここでお別れのようです」
セバスさんは肩を竦めながら、痛々しく微笑んだ。
「……さぁ、早く行ってください。あまり長居されてしまうと、立場上少し困ったことになりますから」
彼はそう言って、スポットから一歩二歩と離れてみせた。
「……」
「……」
お互いの視線が交錯し、重苦しい空気が流れる。
(まさかセバスさんが、神託の十三騎士――それも『皇帝直属の四騎士』だったなんて……っ)
いつから黒の組織に身を置いていたのか。
何故、グレガを斬り捨てたのか。
どうして俺たちを逃がそうとしているのか。
いくつもの疑問が、頭の中を埋め尽くしていく。
すると――遠くから階段を駆け上がる三つの足音が聞こえてきた。
おそらく、先ほど正面玄関にいた神託の十三騎士だろう。
「――とにかく今は、脱出が最優先だ。『敵』の気が変わらないうちに、早く皇国へ帰ろう」
冷静なローズは、俺たちにだけ聞こえるよう小さな声でそう言った。
セバスさんを指した『敵』という言葉が、グッサリと胸の奥に突き刺さる。
「もう何がなんだかわからないけど……。とにかく行くぞ、シィ!」
「難しい話は、後回しなんですけど……!」
「え、あ、ちょっと……っ!?」
リリム先輩とフェリス先輩は、会長の手を引いてスポットの中へ飛び込んだ。
黒い影に飲まれていく三人の生徒会メンバー。
セバスさんはそれを悲しそうに見つめて、
「……さようなら、会長。リリム、フェリス……楽しかったよ」
まるで今生の別れでも済ますかのように、小さくそう呟いた。
それから会長たちの後に続いて、リアとローズもスポットへ飛び込む。
(よし、これで全員無事に脱出したな……!)
そうして最後に残った俺がみんなの元へ向かおうとしたそのとき、
「――アレン、少しいいか?」
真剣な表情をしたセバスさんがその重たい口を開く。
「……なんでしょうか?」
俺はいつでもスポットへ飛び込めるよう重心を後方へ置きつつ、ひとまず会話に応じることにした。
「あー、そんなに構えないでくれよ。今日のところは、君たちに手を加えるつもりはないからさ」
「『今日のところは』、ですか……」
それは裏を返せば、明日以降は容赦なく攻撃を仕掛けてくるということを意味する。
「そう睨んでくれるな。お互いに『立場』というものがあるだろ?」
セバスさんは困った表情を浮かべ、頬をポリポリと掻いた。
「それで……用件はなんですか?」
あまりここで長居すれば、先に皇国へ飛んだリアたちにいらぬ心配を掛けてしまう。
そう判断した俺は、早く本題へ入るよう促した。
「あぁ、それについてなんだが――アレンのおかげで、会長を無事に救出することができた。本当にありがとう」
彼はこれまで見せたことのない真剣な顔つきで、深く頭を下げた。
その真摯な態度と心の籠った言葉から、これが嘘偽りのない本心だと伝わってくる。
「『とある筋』から政略結婚の情報は入っていたんだけど……。陛下直属の四騎士という立場上、どうしても表立って動くことはできなくてね……。今回こうして会長を救えたのは、全て君のおかげだ。――本当にありがとう」
セバスさんはそう言って、感謝の言葉を重ねた。
「アレンには、とてつもなく大きな恩ができてしまった。そのお返しになるかはわからないが……一つだけ約束させてほしい」
「約束、ですか……?」
「『友』として、たとえどんな状況でもどんな立場であっても――一度だけ君の助けになるよ」
「……そうですか。お気持ちは嬉しいですが、話半分に聞いておきますね」
当然ながら、敵の最高幹部からの言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
「あぁ、今はそれでいい。大事なのは、言葉ではなく行動だからな。――それじゃ、アレン。あのおっちょこちょいでお間抜けで……どうしようもなく優しい会長のことをよろしく頼んだよ?」
彼は今にも壊れそうな表情で、悲しそうに笑った。
「えぇ、任せてください」
「今はもう敵同士だけど……。君のその言葉は、とても心強く思うよ」
そうして話がひと段落を迎えたところで、
「――そうだ。せっかくだし、一つだけ忠告しておこう」
セバスさんは思い出したかのように口を開いた。
「君の大事な想い人――リア=ヴェステリアの体調には、目を光らせておくといい」
「リアの体調……?」
「おそらくそう遠くないうちに……っと、残念。もう時間がきてしまったようだ」
話を途中で打ち切った彼が足早にザクの部屋から出ると、
「――なっ、セバス様!? 任務から帰られていたのですか!?」
「お気を付けください! 城内に『特級戦力』アレン=ロードルが潜伏しております!」
「既に同胞グレガ=アッシュが敗れ、ヌメロ=ドーランほか数百人の護衛が斬られたそうです……っ」
聞き慣れない三人の声が響いた。
おそらく正面玄関で顔を合わせた神託の十三騎士が、ここまで駆け上がってきたのだろう。
「そうだったのか……。残念ながら、たった今取り逃がしたところだよ」
そうして嘘の情報を伝えた彼は、一瞬だけスポットへ視線を向けた。
それは紛れもなく『今のうちに逃げろ』というメッセージだ。
(……さようなら、セバスさん)
俺は心の中でそう呟いてから、スポットへ飛び込む。
こうして会長の救出に成功した俺たちは、無事に神聖ローネリア帝国を脱出したのだった。