アレン細胞と政略結婚【四十七】
屋上でフーと別れた俺たちは、階段を落ちるように駆け下りた。
不意に遭遇した敵は、仲間を呼ばれる前に仕留める。
その結果、ほとんど足を止めることなく、スポットのある十階へたどり着くことができた。
そうして目前に控えたザクの部屋を目指して走っていると、
「――い、いたぞ! アレン=ロードルとその一味だ!」
俺たちの存在に気付いた男が大声をあげ、あっという間に三十人もの構成員たちが集まってきた。
「さすがに多いな……っ」
これほど消耗した状況で、あの数を一度に相手取るのはかなりキツイ。
(だが、幸いなことに……ここは直線だ!)
遮蔽物のない一直線の廊下ならば、この一撃で片が付く。
「六の太刀――冥轟ッ!」
俺はなけなしの霊力を振り絞り、闇の斬撃を解き放つ。
「なっ、デカい……!?」
「ぐ、ぐぁああああ……っ!?」
黒い冥轟は次々と構成員を薙ぎ倒し、目の前に大きな一本道ができあがった。
「さ、さすがはアレンくんだな……。そんなボロボロの体で、これほどの斬撃を放てるとは……っ。せ、先輩として、張り合い甲斐があるというものだ……!」
「アレはもう完全に人間を辞めちゃってるから、張り合っても勝てっこないんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩は、呆然とした表情で漆黒の斬撃を見つめた。
「はぁはぁ……。ザクの部屋は、もう目と鼻の先、です……! 急ぎましょう……っ!」
俺がそう叫ぶと、みんなはコクリと頷いて走り出す。
(さ、さすがにキツイな……っ)
視界が大きく揺れ、強烈な倦怠感が全身を包み込む。
おそらく霊力が完全に尽きてしまったのだろう。
(だけど、後もう少しだ……。後もう少しだけ耐えれば、みんなで一緒に帰れるんだ……っ!)
俺は歯を食いしばり、重たい足をただひたすら前へ前へと運んだ。
そうしてなんとかザクの部屋に到着したその瞬間、
「――アレェェェン=ロードルゥウウウウ!」
神託の十三騎士グレガ=アッシュが、部屋の外壁をぶち破って姿を現した。
「ぐ、グレガ……!?」
「よォよォ、そんな必死に逃げねェでくれよ……。俺たちは『神の声』が聞こえる仲間じゃねェか。なァ、アレン=ロードルゥ……?」
奴は凶悪な笑みを浮かべながら、形状の安定しない灰剣を愛おしそうに撫ぜた。
「……その体、随分と有効活用しているようだな」
魂装と同化して『灰』となったグレガの体は、今もフワフワと宙に浮かんでいる。
十階という高所に位置するこの部屋へは、きっと空を飛んできたのだろう。
「だけど、妙だな。どうして俺たちの居場所がわかったんだ……?」
この広大なベリオス城で、たまたま偶然ここへ乗り込んだとは考えにくい。
「それはもちろん、『神の奇跡』に他ならない! ――と言いてェところだが、そんな大層なもんじゃねェよ。ほら、てめぇらの服にこびりついた『灰』がよォ……。『ここだよォ! 神に仇なす愚か者は、ここにいるよォ!』って、教えてくれんのさァ!」
「「……っ!?」」
俺と会長は、同時に自分の服へ視線を落とす。
よくよく目を凝らせば、布と布の隙間にわずかな灰が見て取れた。
どうやら奴は、これを頼りにして俺たちの正確な位置を掴んだようだ。
「クク……ッ。しっかし、なるほどなァ。必死になって城へ逃げるから、いったい何があるのかと思えば……。ドドリエルの『スポット』を利用して逃げる算段だったのかァ……」
グレガは背後に位置するスポットへ目を向けると――おもむろにその灰剣を天高く掲げた。
その瞬間、強烈な悪寒が背筋を走った。
(まさか、あいつ……消すつもりか!?)
スポットについて詳細な情報をもたない俺たちは、それが消滅する性質のものなのかどうかさえ知らない。
だけど、グレガの喜悦に満ちたあの表情を見れば、その答えはあまりに明白だった。
スポットは――外部からの衝撃で簡単に消えてしまうらしい。
「くそっ、させるか……!」
俺が慌てて剣を引き抜いたそのとき――これまで沈黙を貫いてきたセバスさんがスッと動いた。
彼は目深にかぶったフードを取り去り、悠然とグレガの元へ歩みを進める。
「あァ……? なんだてめぇ、潜伏中だったのか。まァ、ちょうどいい。ちょっと手を貸せ、セバ……あ゛ァ……?」
いったい、いつの間に抜いていたのか。
セバスさんの剣は、グレガの胸元へ深く突き刺さっていた。
「セバ、ス……!? てめぇ……何故、裏切った……ッ!?」
「裏切ってなどいないさ。グレガと違って、僕は陛下直属の四騎士だ。しくじった部下の粛清も、仕事のうちだよ?」
セバスさんは信じられないことを淡々と口にして、
「それに――会長へ手を上げるような下種は……もう仲間とは呼べないな」
地上十階からグレガを突き落としたのだった。