アレン細胞と政略結婚【四十六】
突如俺たちの前に現れたザクは、先ほどとは打って変わって凄まじい敵意を放った。
「ザク、お前……っ!」
「ざはは! 『ここで会ったが百年目』というやつだ……なぁ!」
奴は身の丈ほどもある大剣を天高く掲げ、それを勢いよく大地に突き立てる。
「食らえ、劫火の円環ッ!」
その瞬間――ザクを中心とした円状に灼熱の炎が吹き荒れた。
「なっ!? ぐぁああああ……っ!」
全方位に放たれたその攻撃によって、あちこちから悲鳴があがる。
「くそ……っ!」
俺はすぐさまみんなの前に立ち、残り少ない霊力を振り絞って闇の守りを展開した。
しかし、
「これ、は……?」
俺たちへ向けられた炎には、全く『熱』が入っていなかった。
中身の伴っていない、形だけの『ハリボテの炎』だ。
「ざはは! 我ながら、随分と派手に吹き飛ばしたものだ!」
組織の構成員を焼き払い、陣形を無茶苦茶にしたザクは武骨な顔でニッと笑う。
「お前、どうして……?」
「なぁに。こんなところでキラキラを失うのは、もったいないと思っただけだ。――さぁ、後は俺を斬り捨てていけ。ただ、殺してはくれるなよ?」
どうやらこいつは、俺たちを助けるために一芝居打ってくれるようだ。
「……ありがとな」
「ざはは、『礼は言わない』のではなかったか?」
ザクのちょっとした軽口に対し、軽い微笑みで返事をした。
「――じゃあな」
「あぁ、またどこかで会おうぞ。『希代のキラキラ』よ!」
そうして別れの言葉を交わした俺は、腰に差した剣を引き抜き――奴の胸部を浅く斬り付けた。
「がふ……っ」
薄い太刀筋が大きく走り、ザクはそのままゆっくりと前のめりに倒れ伏す。
すると、
「あ、あのザクが……たったの一撃でやられたぞ!?」
「くそ……っ。アレン=ロードルは、激しく消耗しているという話じゃなかったのか!?」
その様子を遠巻きに見ていた構成員たちは、目を白黒とさせて戸惑っていた。
「今がチャンスだ、行くぞ!」
ザクの作ってくれた好機を逃さず、俺たちは大きく前へ突き進む。
そうしてベリオス城の正面玄関を視界に捉えたそのとき、
「――緊急連絡。『特級戦力』アレン=ロードルを主犯とする敵勢力の侵入が確認されました。場所はベリオス城の正面。帝都に住む全剣士は、速やかにその迎撃に当たってください」
けたたましい警告音と共に緊急放送が流れた。
それと同時に街中の家屋から、凄まじい数の剣士が飛び出してきた。
「こ、これは……っ!?」
その数は軽く数万を越え、三百六十度――全方位を『人』と『剣』が埋め尽くす。
「あ、アレン……どうしよう!?」
「いくらなんでも、この数を捌くのは無理だぞ……っ!?」
絶望的な『数の暴力』を前に、リアとローズは顔を真っ青に染めた。
「な、何か手はないのか!?」
「さすがに終わったっぽいんですけど……」
リリム先輩は半ばパニック状態に陥り、フェリス先輩は諦め半分に肩を落とす。
「あ、アレンくん……っ」
会長は期待と不安の入り混じった表情で、俺の服の袖をギュッと握り締めた。
「……っ」
俺はかつてないほどに思考を巡らせ、この難局を打開する方法を必死に考えた。
(後方からは、神託の十三騎士グレガ=アッシュ。周囲の全方向からは、数万を越える敵の軍勢。それに加えて、俺たちはもう全員満身創痍の状態だ……っ)
…………無理だ。
現在の状況を整理すれば、小さな子供にだってわかるだろう。
これはもう……完全に『詰み』だ、と。
(くそっ、こんなところで……終わるのかよ……っ)
全員が肩を落とす中――俺はそれでも諦め切れず、必死になって『生き残る案』を考え続けた。
すると次の瞬間、
「――アレンさん。君の『可能性』は、こんなところで終わらせちゃいけない。斥け――<不達の冠>」
これまで感じたことのない巨大な霊力が吹き荒れ、
「なんだ……これ、は……!?」
「か、体が重い……っ。重力系統の能力、か……!?」
超広範囲の街並みが『見えない力』によって押し潰されていき、数万の剣士たちがその『破壊の波』に呑まれた。
それはまさに天変地異を想起させるほど圧倒的で、思わず息を呑むような光景だった。
(この力は間違いない……。クラウンさんの『斥力』だ……っ!)
姿は見えないけど、こっそりどこかで手を貸してくれたようだ。
「と、とんでもない霊力ね……。七聖剣クラスの出力があるわよ……っ」
「あの胡散臭い男め……! まさかこれほどの力を隠していたとはな……!」
リアとローズはそう言って、クラウンさんの力に舌を巻く。
それから俺たちは前だけを向いて、ただひたすら足を動かし続けた。
「アレン、あそこを見て……っ!」
リアがベリオス城の正面玄関を指差せば、そこには三人の剣士が待ち構えていた。
(あれはまさか……!?)
よくよく目を凝らせば、彼らの衣装はフー・レイン・グレガ――黒の組織の最高幹部たちが着ていたものと同じだ。
つまりあの三人の剣士は、神託の十三騎士と見て間違いないだろう。
(くそ、もう後ほんの少しのところまで来てるのに……っ)
その『ほんの少し』が……恐ろしく遠い。
「ここまで来たらやるしかない……! 正面突破だ……っ!」
俺は疑似的な黒剣を作り出し、最前線へ躍り出た。
圧倒的に分の悪い勝負だが、もう前に進むしか道はない……!
「はぁああああ……!」
そうして勢いよく斬り掛かった次の瞬間、
「――風覇絶刃」
「なっ!?」
足元からとてつもない突風が巻き起こり、俺たちは天高く舞い上げられた。
(この技は確か……!?)
その後、ベリオス城の屋上に着地するとそこには――神託の十三騎士フー=ルドラスが立っていた。
「ふむ……。今日はいい風が吹いているな」
フーはわざとらしくそう呟き、手元の分厚い古書へ目を落とす。
「何故助けてくれたのかわからないが……とにかく助かったぞ!」
そうしてなんとかベリオス城へ侵入を果たした俺たちは、十階の『スポット』目指して走り出したのだった。