アレン細胞と政略結婚【四十五】
勢いよく先陣を切ったリアとローズは、これまで抑えてきた霊力を思う存分解き放つ。
「そこをどきなさい――黒龍の吐息ッ!」
「舞え、桜吹雪!」
荒々しい黒炎が吹き荒れ、色鮮やかな桜のはなびらが舞い上がった。
二人の強烈な攻撃を受けた組織の構成員たちは、一人また一人と倒れていく。
「くそ、原初の龍王の宿主に桜華一刀流の継承者か……っ!?」
「遠距離攻撃がうざってぇな……っ。まずはあの二人から、仕留めるぞ!」
彼らが素早く隊列を組み直し、リアとローズへ狙いを定めたその瞬間。
「そうはさせないんですけど……!」
「そぉら、歯を食いしばれよ!」
フェリス先輩が念動力の糸で動きを封じ、リリム先輩が起爆粘土を纏わせた炸裂剣を振るった。
「「「ぐぁああああっ!?」」」
凄まじい大爆発が巻き起こり、百を超える構成員が地に倒れ伏した。
そうして俺たちは破竹の勢いで敵を薙ぎ倒し、ひたすら前へ前へと進んでいく。
それから少しして、遠目にベリオス城を捉えたそのとき――突然、背後にあったヌメロの本宅が巨大な爆炎に包まれた。
「な、なんだ……!?」
凄まじい爆音に思わず振り返るとそこには、
「――アレン=ロードルゥウウウウ!」
非常に不安定な魂装を握り締めたグレガの姿があった。
「あいつ、まだ動けたのか……!?」
「逃がさねェ、ぞ……ゲホゲホ……ッ!? はァはァ……。さ、さすがに『三個』は身がもたねェか……ッ」
おそらく瀕死の重傷から復活するため、無茶な量の霊晶丸を服用したのだろう。
奴の体は魂装と『同化』しかかっており、まるで『灰』の如くフワフワと宙に浮いていた。
(くそ、マズいぞ……っ)
前方からは、絶えず押し寄せる組織の構成員。
後方からは、神託の十三騎士グレガ=アッシュ。
考えうる限り、最悪の挟撃と言っていいだろう。
(リアたちは道を切り開くのに手一杯だし、会長はまだ戦えるような状態じゃない……。そうなると、ここは俺がやるしかないか……っ)
わずかに回復した霊力を集中させ、なんとか闇を絞り出そうとしたそのとき、
「……やむを得ないな。僕がグレガを止めるとしよう」
セバスさんはいっそう深くフードをかぶり、殿に名乗りあげた。
するとそれを予想していたかのように、横合いから会長が口を挟む。
「あなたなら大丈夫だとは思うけど、一応気を付けてね。グレガが振るうのは灰剣――実体のない不思議な魂装よ」
彼女がそうしてちょっとした忠告をすれば、
「か、会長……。僕の身を案じて、わざわざそんな心配りを……っ。このセバス、恐悦至極でございます……!」
セバスさんは感極まった表情で深く頭を下げた。
……こんな緊迫した状況にもかかわらず、本当に会長への愛が重たい人だ。
俺がそんなことを思っていると、
「そォら、止まりやがれェ! 灰塵の剣ッ!」
グレガが勢いよく左手を振るい、百を超える灰剣を射出した。
「……雑だな」
セバスさんはポツリとそう呟き、まるで羽虫を払うかのように軽く剣を振るう。
その結果、迫りくる灰剣は全て一瞬にして粉微塵と化した。
(は、速い……っ!?)
よくよく目を研ぎ澄ませれば、彼が放った斬撃は十以上にもなる『横薙ぎの連撃』だった。
(まさか、あれほどの斬撃をノーモーションで放つなんて……)
やっぱりセバスさんは、ただものではない。
剣王祭で白百合女学院の大将を破ったその実力は、今なお健在だった。
「ぐッ、てめぇもか……っ。どいつもこいつも、どうして俺の灰剣が防げるんだァ……!?」
グレガは頭を掻きむしりながら、その灰のような体を器用に扱い、空中から一気に距離を詰めてきた。
その後、セバスさんがグレガの相手をしてくれているうちに、俺たちは前へ前へと進んで行くが……。
最初の勢いは大きく削がれ、今やその速度は牛歩の如くゆったりとしたものになっていた。
それというのも――ベリオス城に近付くにつれて、敵の数が一気に膨れ上がっていったのだ。
「はぁはぁ……。し、しつこいわね……!」
「くっ、これでは斬っても斬ってもキリがないぞ……っ!?」
魂装の力を派手に使っていたリアとローズは、既に息を切らしてしまっていた。
このまま戦いが長引けば、そう遠くないうちに霊力切れを起こすだろう。
「さ、さすがは黒の組織の本拠地だな……。そう簡単に逃がしてくれないってか……っ」
「このままだとかなりヤバい感じなんですけど……っ」
リリム先輩とフェリス先輩の顔には、疲労の色がありありと浮かんでおり、体力的にそろそろ厳しそうだった。
(くそ、どうする……!?)
セバスさんはグレガを抑え込むのに手一杯の状況だ。
間違っても、リアたちの援護は望めそうにない。
そして当然ながら、会長はまだまだ満足に戦える状態じゃない。
(こうなったらもう……やるしかない、か……)
体への負担はとてつもなく大きいが……。
残された全ての霊力を込めて、六の太刀冥轟を撃とう。
そうすれば敵の陣形は一気に崩れ、ベリオス城への一本道ができあがる。
(ひどい霊力切れを起こすだろうが、こんなところで全滅するよりかはずっとマシだ……!)
体の丈夫さと忍耐力には、少しばかり自信がある。
たとえ重篤な症状が出ても、みんなで皇国へ帰るその瞬間までは気力だけで動き続けてやる。
(よし、やるか……っ)
断固たる覚悟を決め、疑似的な黒剣を生み出したその瞬間、
「――ざははははっ! 敵襲と聞いて、馳せ参じたぞ!」
魂装<劫火の磔>を手にしたザク=ボンバールが、天高くから俺たちの正面に降ってきた。
「ざ、ザク……!?」
「ざはは! 久しいな、『特級戦力』アレン=ロードルよ! いつぞやのリベンジ――ここで果たさせてもらおうか!」
荒れ狂う灼熱の炎を纏った奴は、凶悪な笑みを浮かべながら、大剣の切っ先をこちらへ向けたのだった。




