アレン細胞と政略結婚【四十三】
グレガに勝利した俺は、肩で息をしながらその場で膝を突いた。
「はぁはぁ……っ」
今回ばかりは、さすがに死ぬかと思った……。
国家戦力と称される神託の十三騎士――その全力の一撃を生身で食らったのだから、それも無理のない話だろう。
むしろこうして五体満足でいられるのは、奇跡と言っていいぐらいだ。
「ふぅー……っ」
ゆっくり呼吸を整えながら、闇の回復効果で傷を癒していく。
(……少し、治りが悪いな)
かなりの深手ということもあるが……。
おそらく最後に放った渾身の冥轟、アレが霊力の大部分を持っていったのだろう。
そんなことを考えながら、とりあえずの応急処置を施していると、
「アレンくん……!」
グレガから解放された会長が、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。
「その傷、大丈夫なの……!?」
「えぇ、なんとか無事のようです」
余計な心配を掛けないように少し無理して笑うと、
「よ、よかったぁ……」
彼女はホッと胸を撫で下ろし、その場でポスリと座り込んだ。
「って、そうじゃなくて……! 闇の衣もなしにあの一撃を受けるなんて、無謀にもほどがあるわ! 下手をしたら、本当に死んじゃっていたかもしれないのよ!?」
会長は今にも泣き出しそうな怒り顔で、グィッと顔を近付けてきた。
女の子特有の甘いかおりがほんのりと鼻腔をくすぐり、少しだけ胸の鼓動が速くなるのがわかった。
「あ、あはは、すみません……。でもほら、『約束』しましたから」
「約束って……『グレガを倒して、みんなで無事に皇国へ帰る』よね? それだったらあんな無茶をせず、ただグレガを斬るだけでよかったんじゃないかしら?」
「いえ、それは無理ですよ」
「どうして……?」
「だって――俺の中の『みんな』には、会長も入っていますから」
「……っ」
俺がそう言うと、彼女は頬を真っ赤に染めて下を向いた。
「そ、そう……なんだ……っ」
「はい。だからあのときは、たとえどれだけ無茶でもああするしかなかったんです」
俺はそう言いながら、残り少ない闇で会長の首筋に走った切り傷を治療した。
「あ、ありがと……っ」
「はい。どういたしまして」
そうして会話がひと段落したところで――俺は制服のジャケットを脱ぎ、その状態を確認する。
(……よし、大丈夫そうだな)
かなりボロくなっているが、さすがは皇国が誇る超強化繊維を紡いで織られた制服だ。
グレガの一撃を受けても、まだしっかりとジャケットの原形を保っている。
「――会長、これをどうぞ」
そうして俺は、たった今脱いだばかりのジャケットを手渡した。
「えっと、これはなにかしら……?」
会長はやはり気付いていないようで、可愛らしくコテンと小首を傾げる。
「なんというかその……。目のやり場に困るので、それを着ていただけると助かります……」
俺が大聖堂へ乗り込む前――会長とグレガの間で、激しい戦闘があったのだろう。
彼女のウェディングドレスは、あちこちが斬り裂かれており、ひどく露出の多い状態となっていた。
(かろうじて、服の役割は果たしているが……)
そんな状態で今のような前かがみの姿勢を取られると――豊かな胸元がとても強調されてしまい、目のやり場に困ってしまう。
「目のやり場って……っ!? あ、アレンくんのえっち……っ!」
全てを理解した会長は、耳まで真っ赤にしながら慌ててジャケットに袖を通した。
「あ、あはは……。そんな無茶苦茶な……」
それからお互いにちょっとした冗談を交わしつつ、ゆっくりと立ち上がったところで、
「――会長。一つ、いいですか?」
俺は彼女の目を真っ直ぐ見つめながら、真剣な話を切り出した。
「は、はい。なんでしょう、か……っ」
彼女は緊張した面持ちで、何故か敬語を口にする。
「今後もし今回のような事件に巻き込まれたときは――問題を一人で抱え込まず、相談してくれませんか? 俺なんかでは、少し頼りないかもしれませんが……。それでも何か力になれることがあるかもしれません。――約束、してくれますか?」
そうして俺が小指を差し出すと、
「……わかった。今度は絶対にそうするわ」
彼女はどこか嬉しそうに呟き、スッと小指を前に突き出した。
俺の武骨な小指と彼女の柔らかくて温かい小指が重なり合い、しっかりと指切りを交わす。
「……ふふっ」
俺が思わずクスリと笑うと、
「な、なに笑ってるのよ……?」
彼女はわずかに頬を膨らましながら、ムッとした表情を浮かべた。
「いえ。なんだかこれじゃ『お姉さん』じゃなくて、『妹』みたいだなって思いまして」
「も、もう……っ。いつもいつもアレンくんは、ほんとに小生意気なんだから……っ!」
「あはは、すみません」
そうしていつも通りの会長といつも通りの会話をしたところで、
「――そろそろ、行きましょうか。リアや生徒会のみんなが、首を長くして待っています」
「えぇ、そうね」
こうして無事に会長の救出に成功した俺は、半壊した大聖堂を後にして、リアたちの元へ向かったのだった。