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アレン細胞と政略結婚【四十二】


 会長を人質に取られたことにより、事態は一気に悪化した。


「グレガ、お前……ッ!」


「おォ、怖い怖ィ……。そんな怖い顔をしてくれるなよォ?」


 剣士として最低最悪の行為に手を染めたグレガを睨み付けるが……奴はどこ吹く風といった調子で笑うだけだった。


(くそ、どうする……!?)


 ここからグレガの元まで、およそ十メートル。


(一秒あれば、叩き斬れる間合いだが……)


 それは逆も同じだ。

 一秒もあれば、奴は確実に会長を殺せるだろう。


「……会長から手を放せ。これは俺とお前の決闘だろ!」


「んー、何を勘違いしてんだァ? これは俺『一人』が、アレン=ロードルとシィ=アークストリアの『二人』を相手取った戦いだろォ? 一対二――もともと不公平な戦いだし、弱い方から狙うってのも定石中の定石だよなァ……?」


 最初から一対二の勝負であり、これは決して人質ではない。

 グレガはそんな詭弁(きべん)(ろう)して、「ククク……ッ」と醜悪に笑った。


「そうか。『人質を取れ』と神が言ったのか………」


 俺がポツリとそう呟けば、


「だ、黙れ……黙れ黙れ黙れェ……! 貴様如きが神を語るな! これは俺の独断専行――神の意思は一切関与していなィ……ッ! 神聖にして不可侵、清廉にして完璧な神は……このような卑怯な真似を決して指示しなィいいいい……ッ!」


 奴は乱雑に髪を掻きむしりながら、そう叫び散らした。

 いくら屁理屈を並べ立てても、本心ではこれがただの人質だと理解しているのだろう。


「はァはァ……。か、勘違いするなよ、馬鹿野郎がァ……ッ。今この場は――この俺が支配しているんだァ!」


 グレガはそう吠えながら、折れた灰剣の先を会長の首へ密着させた。


「や、やめろ……っ!」


 思わず一歩前に踏み出せば、


「う、動くんじゃねェ! この女の命が惜しくないのか!?」


 奴はそんな脅し文句を口走りながら、怯えた表情で一歩後退した。


「……っ」


「……よゥし、そうだ。そこから動くなよォ、人外の化物がァ……。次もしも俺の許可なく、一歩でも動いてみやがれ……その瞬間、すぐにこの女をぶち殺すからなァ?」


 会長という人質を思う存分利用しながら、グレガは淡々と要求を口にしていく。


「そら、まずはその黒剣を捨てろィ! ついでにその邪悪な闇も禁止だ。今後一切出すんじゃねェぞ? ほんのわずかでも妙な霊力の動きが見えたら、その瞬間にこの女の首を掻っ切るからなァ!?」


「……あぁ、わかった」


 そうして俺が仕方なく黒剣を手放そうとしたそのとき、


「――待って!」


 鋭い制止の声が飛んだ。


「か、会長?」


「……アレンくん。私のことはいいから、グレガを倒してちょうだい」


「「なっ!?」」


 そのとんでもない発言に、俺とグレガは大きく目を見開いた。


「な、何を言っているんですか、会長!?」


「ほら、ちょっと冷静に考えてみて? ヌメロの鼻っ柱を折って、神託の十三騎士を一人仕留めた。――私一人の命でこれだけのことができれば、それはもう十分過ぎるほどの成果じゃない? それに何より……私ね、あなたには死んで欲しくないんだ」


 彼女はそう言って、儚い微笑みを浮かべた。


「ふ、ふざけたこと言ってんじゃねェ! ぶち殺すぞ、糞女ァ……!」


 逆上したグレガが剣を振るえば――会長の首筋に赤い線が走り、その白い肌に薄っすらと血が滲み上がる。


「……あら、殺さないのかしら? いいえ、殺せないわよね? 私を刺したその瞬間、あなたはアレンくんに瞬殺されるんですから」


「ぐ……ッ」


 おそらく、図星だったのだろう。

 奴は憎悪に満ちた目を血走らせたまま、ピタリと固まってしまった。


「アレンくん、これはわがままな私の……最後のお願いよ。グレガを倒して、みんなで無事にリーンガード皇国へ帰ってちょうだい。――約束、してくれるかしら?」


 会長はそう言って、いつも通りの優しくて柔らかい笑みを浮かべた。

 見れば、彼女の手はわずかにカタカタと震えている。

 鋼のような精神力で死の恐怖を抑えつけ、なんとか気丈に振舞っているのだ。


 全てはただ――俺に心配を掛けないようにするため。


 本当に……強くて優しい人だ。


「……わかりました。約束します」


 ここまでの覚悟を見せ付けられれば、こちらもそれ相応の覚悟で応えるしかない。


 俺は大きく息を吐き出し――ゆっくりと黒剣から(・・・・)手を放した(・・・・・)


 カランカランと乾いた音が響き、


「アレンくん、どうして……!?」


「ふ、ふはッ……! そうだよ、そうだよ、それでいんだよォ!」


 二人はそれぞれ対照的な反応を示した。


「――大丈夫ですよ、会長。約束は絶対に守りますから」


 俺は彼女を安心させるように優しく笑い掛けた。


 グレガを倒してみんなで帰る。

 その『みんな』の中には、もちろん会長も含まれている。


(会長の最後のお願い。それを聞き届けるためには、文字通り死線をくぐらなければならない……)


 決死の覚悟を決め、静かに呼吸を整えていく。


「ククク、ぎゃはははは……ッ! 次の一撃は、ありったけの霊力を込めた最強の斬撃だァ! 生身で食らえば、文字通り灰も残らねェ……! 覚悟はいいかァ、アレン=ロードルゥ……!?」


 勝利を確信したグレガは、折れた灰剣に凄まじい霊力を乗せた。


(……デカい、な)


 生身の状態でアレを食らえば、さすがにヤバいだろう。

 俺は大きく息を吐き出し、精神を集中させる。


(……思い出せ)


 俺は毎日毎日、いったい誰と戦っていた?


 そうだ。


 俺が認めた最強の男――『ゼオン』だ。


 これまで俺は、アイツの『最強の斬撃』を嫌というほどに浴びてきた。


 だからこそ――グレガの放つ一撃で倒れるわけがない。

 会長を人質に取るような、あんな卑怯な奴に負けるわけがない。

 十数億年と鍛え続け、ゼオンの斬撃に耐えたこの心と体が――そんなに柔なわけがない。


 覚悟を決めろ。

 歯を食いしばれ。

 死ぬ気で生きろ。


「これで終わりだァ――灰塵の神罰エンバース・ヴァニッシュッ!」


 奴が勢いよく剣を振れば――見上げるほどの超巨大な灰の十字架が、凄まじい勢いで放たれた。


「アレンくん……っ!」


 会長の悲鳴が轟いた次の瞬間、


「か、は……っ」


 全身にかつてない衝撃が走った。


 超高温を放つ十字架は、その圧倒的な質量で俺を押し潰し――最後には大爆発を巻き起こした。


「く、ククク……ッ! ぎゃっははははッ! 馬鹿だ、馬鹿! てめぇは世界一の大馬鹿野郎だなァ、アレン=ロードルゥ!?  まともにやれば、楽に勝てた殺し合いだったのによォ!」


「う、そ……。そん、な……っ」


 大質量が骨を砕き、灼熱の衝撃波が肉を焼き、ダメ押しとばかりに爆風が全身を打つ。


 地獄のような痛みが体中を包み込み、視界が灰と血に染まる中――グレガの下品な笑い声を頼りに死力を尽くして駆け抜けた。


 そして――。


「はぁ、はぁ……ッ。捕まえた、ぞ……ッ!」


 瀕死の重傷を負った俺は、がっしりと奴の右手を掴む。


「お、おいおいおィ……ッ!? そりゃてめぇ、あり得ねぇだろ!? 人間として、越えちゃいけねェラインってもんがあるだろォ……ッ!?」


「――神は言っている、グレガ……お前の負けだってな!」


 新たに生み出した黒剣を握り締め、そこへありったけの霊力を注ぎ込んだ。


「六の太刀――冥轟(めいごう)ッ!」


 刹那――どす黒い闇の奔流が吹き荒れ、


「が、はァ……ッ!?」


 巨大な黒い斬撃がグレガの全身を飲み込んだ。


 こうして俺は、神託の十三騎士グレガ=アッシュに勝利したのだった。


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