魔剣士と黒の組織【二】
大きな問題に発展する前に、ドレッドさんとのいざこざを終わらせた俺たちは、そのまま協会の奥へと向かった。
真っ直ぐ進んでいくと、大きく「受付」と書かれた場所がすぐに見つかった。
(わ、わかりやすいな……)
初めてここを訪れた人でも、ひと目でここが受付だとわかる――非常に親切な設計だった。
しかし、一部とても不親切なところがあった。
(あ、あの人……受付、だよな……?)
受付で待機していたのは、あまりにも強面の男性だった。
つるつるのスキンヘッド。
しっかりと整えられた口ひげ。
黒よりも黒いサングラス。
筋骨隆々の屈強な肉体。
年齢は四十代半ばぐらいだろうか。
表情は『無』そのもので、ただ黙々と新聞を読んでいた。
(こ、この人以外の受付は……?)
キョロキョロと周囲を見回すけれど、残念ながらそれらしき人は見つからない。
(この人しかいない、のか……)
正直少し怖いけど……レイア先生が話を通してくれているみたいだし、きっと大丈夫……のはずだ。
ゴクリと唾を呑み込み、一歩前に踏み出したところで――リアとローズが同時に俺の服をつまんだ。
「だ、駄目だよ、アレンっ! あの人、どう見てもヤバい人だよ!?」
「関わるべきじゃない……あの顔は間違いなく数人殺ってる」
「いや、でも……あの人しかいないみたいだし……」
第一『魔剣士協会』は公的機関の一つだ。
そこの受付の人は国側の人間であり、さすがにまとも……であってほしいと切に願っている。
(だ、大丈夫……だよな?)
かなり不安は残るけど、ここでずっと立ち往生しているわけにはいかない。
「……行こう」
「あ、アレン……っ!?」
「……わかった、覚悟を決める」
そうして俺たち三人が、不退転の決意で受付の前に立つと、
「……あ゛?」
彼は読んでいた新聞を丁寧に折りたたみ、静かに立ち上がった。
(お、大きい……っ!?)
(く、クマみたい……っ!?)
(……怖い)
身長は二メートルほど……多分、あのポーラさんと同じぐらいの大きさだ。
(単純な大きさなら、恰幅のあるポーラさんが勝る。けど……っ)
この人は人相と風貌に威圧感があり過ぎた。
彼女とは別種の怖さがあった。
それでも俺は――勇気を振り絞って声を掛けた。
「あ、あの――」
「――おい、兄ちゃん。今の見てたぜぇ……若ぇのにいいもん持ってんじゃねぇか」
そう言って彼は、凶悪な顔をグニャアと歪めた。
多分、笑っているんだろうけど……正直めちゃくちゃ怖い。
「ど、どうも……っ」
何を褒められているのかわからないけど、とりあえずお礼を言った。
「初めて見る顔だが……もしかして兄ちゃんが、レイアの嬢ちゃんが言っていた『ボランティア』って奴か?」
「っ! はっ、はい、そうです!」
一筋の光明が差した。
「おぉ、やっぱりそうか! 気付けてよかったよ。『見慣れない三人が来たら、ボランティアだから頼む』って電話で言われたんだが……。いかんせん、情報が少なすぎてな……。勝手に切るわ、かけ直しても繋がらんわで、どうしたもんかと困ってたんだ」
そう言って彼はガシガシと頭を掻いた。
「う、うちの先生が失礼しました……っ」
その点は本当に申し訳なく思う。
「ははっ、気にすんな。アレは昔からああだからな。……さて、少し遅れたが自己紹介といこう。俺はボンズ。ボンズ=ダールトンだ。『魔剣士協会オーレスト支部』で支部長をやっている。よろしくな」
そう言って彼は右手を差し出し、俺たち一人一人と握手を交わした。
どうやら見た目は怖いけれど、とても常識のあるいい人みたいだ。
少し緊張がほぐれた俺たちは、一人ずつ簡単に自己紹介をした。
「アレン=ロードルです。今日はお世話になります」
「リア=ヴェステリアです。よろしくお願いします」
「ローズ=バレンシア、よろしく」
「アレンにリア、それと『賞金稼ぎ』のローズだな……。――よし覚えたぞ」
ボンズさんはそう言って頷きながら、俺たちの顔と名前を一致させた。
「さてと、そんじゃまずは魔剣士の登録を済ましちまうか。登録が必要なのは、アレンとリアの二人だな?」
「「はい」」
「よし、それじゃ二人ともここに氏名、年齢、住所なんかを書いてってくれや」
そう言って彼は「登録希望届け」と書かれた二枚のプリント用紙を持ち出した。
俺とリアはそこへ、サラサラと必要事項を記入していく。
「書けました」
「終わりました」
意外にも書く項目は少なく、本当に必要最低限の個人情報だけを登録するみたいだった。
「よし、見せてくれ」
すると彼はその真っ黒なサングラスを外し、老眼鏡をかけた。
そのとき見えた彼の目は意外とつぶらで、とても優しそうなものだった。
「よし記入漏れは無ぇな」
そうして二人分の用紙をチェックした彼は、老眼鏡をしまって再びあのいかついサングラスをかけた。
「それじゃ今からプレートを作ってくるから、ちょっと待ってな」
「はい、お願いします」
そう言ってボンズさんは、受付の奥の方へと歩いて行った。
彼の姿が見えなくなってすぐ、俺たち三人は大きく息を漏らす。
緊張の糸が切れたのだ。
「はぁ……よかったぁ。見た目はとっっっても怖いけど、中身はいい人だったね」
「うん、かわいい目だった」
「あぁ……本当に普通の人でよかったよ」
『人は見かけによらない』――そんな当たり前のことを俺たちは再認識していた。
それからボンズさんがプレートを作るのを待っていると――またもや揉め事が発生した。
「――んだと、てめぇごらぁっ! もういっぺん言ってみやがれぇっ!」
「おぉ、何度だって言ってやらぁ! この前の依頼に失敗したのは、全部てめぇのせいだろうがっ!」
同じパーティと思われる二人組が、突如取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。
二人の顔は興奮していることを差し引いても真っ赤っかであり、泥酔していることは遠目でもすぐにわかった。
「ま、また揉め事だよ……っ」
「ここの協会は……少し多いかも」
「『少し』ってことは、他の協会でも喧嘩はあるのか……」
俺たちが目立たないようにヒソヒソと小声で話していると、
「おぉっ! やれやれっ!」
「いいぞ、いいぞぉっ!」
「腹だっ! 腹が空いてんぞぉっ!」
周りの魔剣士たちは二人の喧嘩を止める様子は無く、むしろ酒の肴として楽しんでいた。
すると、
「……ちっ、騒がしいな」
大きく舌打ちをしたボンズさんが奥から顔を覗かせた。
どうやら作業が終わったようで、彼の手には二枚のプレートが握られていた。
「ぼ、ボンズさん、突然喧嘩が始まっちゃって……っ!」
リアがそう言うと、彼はコクリと頷いた。
「あぁ、わかってる。ちょっと待ってな」
そうしてズンズンと大股で、喧嘩している二人の元へと向かって行った。
どうやらここの支部長として、両者の仲裁に入るみたいだ。
しかし、白熱した殴り合いを繰り広げている二人には、ボンズさんの接近に気付いた様子はない。
「おらぁっ! くたばりやがれえええっ!」
「へっ、どこ狙ってやがんだぁっ! このボンクラがぁああああっ!」
「――てめぇら、誰の協会で暴れてんだ?」
ボンズさんの威圧感のある低い声が響いた。
「「……っ!?」」
酔っ払い二人の喧嘩熱は、一瞬で引いたようだ。
「ぼ、ボンズさん……っ。す、すみま……ぶへぇっ!?」
ボンズさんの放った強烈な右ストレートが、魔剣士の顔面を正確に捉えた。
「いったぁ……っ」
「これは、強烈……っ」
思わずリアとローズが片目を閉じるほどの一撃。
俺はそれを見て確信した。
(つ、強い……っ)
足元から腰へ。腰から胸へ。胸から腕へ。
一部の無駄も無い完璧な体重移動。
さらにわずかな揺れも無く、完璧な直線軌道で放たれた右ストレートは――まさに芸術を思わせる至高の一発だった。
目の前でそんな恐怖の一撃をまざまざと見せつけられたもう一人の男は、
「す、すんません……っ! で、でもあいつが俺のことを足手まといって……っ!」
謝罪の弁を述べながら、なんとか制裁の一撃から逃れようと必死に言い訳を並べ立てた。
「知ってんだろう? ここのルールは――喧嘩両成敗だっ!」
「い、嫌、嫌だ……ぐへぁっ!?」
もう一発。
先ほどと全く同じ、美しい一撃が彼の顔面に突き刺さった。
そうして無事に二人の喧嘩を終わらせたボンズさんは、協会中に響き渡るような大声で叫んだ。
「馬鹿野郎どもが……っ! 酒は飲むもんだ、飲まれるもんじゃねぇっ! いいなっ!?」
各所から返事の声が聞こえた後、協会内はシンと静まり返った。
そうして今しがた仕事を終えたボンズさんは、こちらに戻ってきた。
「……ったく、すまねぇな。うちは血の気の多い酒飲み連中ばかりでよ。一日に何回かはああいうのが起こっちまうんだ……」
「「「そ、そうなんですか……」」」
大変な仕事だな、と思った。
ボンズさんはゴホンと咳払いをすると、先ほどの話に戻った。
「――ほれ、こいつが魔剣士の身分を証明するプレートだ。なくすんじゃねぇぞ」
「「は、はいっ! ありがとうございます!」」
そうして受け取ったプレートには――少し赤色が付着していた。
多分、さっきボンズさんが二人の魔剣士を殴った際に付いた血だ。
「「……」」
しかし、あの強烈な右ストレートを見せられた後で、間違っても文句を言おうという気にはならなかった。
「それでどうするよ? せっかくだ、いくつか依頼を受けていくか?」
「そ、そうですね。ぜひともお願いします」
「おぅ。……だが、その前に少しだけ話を聞かせてくれねぇか? なんでお前たちはボランティアなんてやってんだ?」
そう言えば、レイア先生からしっかりと話が通って無かったんだった。
「えっと、それはですね――」
それから俺は、簡単に事情をかいつまんで説明した。
大五聖祭において、対戦相手と文字通りの『死闘』を演じてしまったこと。
それによって自分は一か月の停学処分になり、連帯責任としてリアとローズにも同じ処分が下ったこと。
魂装の授業は受けられないが、せめて剣の腕が鈍らないようにとレイア先生が『とある罰』を与えたこと。
それが魔剣士となって無料で依頼をこなす、このボランティアだということ。
その話をボンズさんは、椅子に腰掛けたままジッと静かに聞いていた。
「なるほどなぁ、そういうことか……」
彼は納得したとばかりに「うんうん」と頷いた。
「まぁ、そういう話なら俺は魔獣駆除をおススメするぜ」
「『魔獣』……ですか? 害獣ではなく?」
害獣駆除は野生のクマや狼と言った、積極的にではないものの人に害を為す恐れのある動物の討伐。
魔獣駆除はその一つ上、キメラやオーガと言った、積極的に人を襲う危険な動物の討伐である。
「おぅとも! 害獣駆除なんざチマチマやったところで、大した修業になんざならねぇ! 男は黙って魔獣を狩っておきゃいいのさっ!」
そう言って彼は三枚の依頼書を机に並べた。
それぞれゴブリン、オーガ、キメラの討伐だ。
どうやらこの三つを受けるように勧めているようだ。
「で、でもレイア先生は害獣駆除を勧めていたんですが……?」
「あー……多分それなら気にするこたぁねぇぞ。レイアの嬢ちゃんは、今も害獣と魔獣の区別がついてねぇからな。……昔からなんべんも教えてやったんだがなぁ」
ボンズさんはどこか懐かしむような表情を浮かべ、そう呟いた。
(二人はいったいどんな関係なのだろうか……?)
少し気になったけれど、変なことを聞いて彼の機嫌を損ねたくは無かったので、黙っておくことにした。
「ど、どうするのアレン……? 私、ヴェステリアでゴブリンなら狩ったことがあるけど……」
「キメラは強いけど……三人ならいける、かも……?」
二人はそれぞれの意見を述べたきり、こちらをジッと眺めて押し黙った。
どうやら俺が決めなければならないらしい。
(ゴブリンとオーガ、それにキメラか……)
残念ながら俺はどれとも戦ったことがないので、正直何とも言えない。
しかし、リアはヴェステリアでゴブリンを討伐できたようだし……。
キメラは強敵だけど三人ならいけそうだ、というローズの意見もある。
(……やってみるか)
それに先ほどからボンズさんが、俺たちが首を縦に振るのを今か今かと待ち望んでいる。
今更もうこの三件を断れる空気でもない。
「とりあえず、やってみようと思います」
「よしっ! それじゃ今回は、この三件の依頼ってことでよろしく頼むぜ!」
そう言って彼は、三枚の依頼書にボンボンボンと大きなハンコを打ち付けた。
こうして俺たちは無事に魔剣士の登録を済ませ、三人で魔獣駆除の依頼を受けることになったのだった。