アレン細胞と政略結婚【四十】
胸部に深手を負ったグレガは、大きく後ろへ跳び下がる。
「はァはァ……。糞ったれが、超痛ェじゃねェか……ッ!」
奴は憎悪に満ちた目でこちらを睨み付けながら、懐から青い丸薬を取り出した。
(アレは……霊晶丸か……)
グレガがそれを噛み砕けば――胸の中央部にあった太刀傷は、みるみるうちに塞がっていく。
「くゥ~……ッ! 科学の力ってのは偉大だなァ、おィ!」
そうして完全回復を遂げた奴は、疑似的な黒剣へ目を向けた。
「しっかし、『闇』を操る能力か……。これまで聞いたこともねェ、糞珍しいタイプの魂装だな。しかも、その馬鹿げた出力――最上位クラスの強化系統と見て間違いねェ……」
ほどほどに血を流したことにより、少し冷静になったのだろうか……。
グレガはそう言って、淡々と闇についての所見を述べ始めた。
「いったいどういう仕組みで、実体のねェ灰剣を防いでいるのかは知らねェが……。相当強ェ霊核が入ってんのは間違いねェ……。フーとレインを破り、組織が『特級戦力』と認めただけのことはあるなァ……」
「そりゃどうも」
実際のところ、まだ魂装は展開していないんだが……。
わざわざ親切にこちらから手の内を明かす必要もないだろう。
そう判断した俺は、軽い返事をしておくだけに留めた。
「クク……ッ。しかし、運がねェな、アレン=ロードルゥ! てめぇのような『強化系統の魂装使い』は、この俺が一番得意とする相手なんだぜェ……?」
「そうか」
「あァ、そうさ! なんてったって<灰塵の十字架>は、変幻自在の攻撃が売りだからなァ! 筋力しか能がねェ強化系統の単細胞どもはァ……一番サクッと殺れんだよォ!」
グレガは凶悪な笑みを浮かべ、灰色の魂装を床へ突き刺した。
すると次の瞬間――俺の足元から、四本の灰槍が飛び出した。
「ハァッ!」
俺は素早くその場で一回転し、腹部を狙った四本の灰槍を全て斬り落とす。
だが、
「ふはッ、掛かったなァ!」
「な……っ!?」
灰槍はまるで餅のような粘着性を誇り、疑似的な黒剣にへばりついていた。
(これは……ゼオンが使っていた『魂装の形態変化』か!?)
予想外の展開に目を見開いていると、
「そォら、弾け飛べ! ――爆炎の灰塵ッ!」
粘着質な灰はまばゆい光を放ち――大爆発を巻き起こした。
「ぐっ!?」
ほぼゼロ距離で爆風と爆炎を浴びた俺は、たまらず背後へ吹き飛ばされた。
それと同時に大量の土煙が舞い上がり、視界がほとんど潰されてしまう。
「あ、アレンくん……!?」
「クク……ッ。手応えあり、完璧に捉えたぜェ……! さてさてさァて、死体は原形を留めてるかなァ……?」
数センチ先すら見えない中、会長の不安げな叫びとグレガの喜悦に満ちた声が響く。
「――おいおい、勝手に殺してくれるな」
俺は軽く剣を振るい、その剣圧で舞い上がった土煙を晴らした。
「アレンくん……。よ、よかった……っ」
「てめぇ……ッ。あれだけの大爆発を食らって無傷ったァ、いったいどういうことだ!?」
会長はホッと胸を撫で下ろし、グレガはわかりやすい苛立ちを見せた。
「これまで嫌というほど、爆破されてきたからな……。体がもう慣れてるんだよ」
クロードさんの<無機の軍勢>にリリム先輩の<炸裂粘土>。
爆発系統の魂装使いとは、これまで割と頻繁に戦ってきた。
そうして何度も何度も爆風と爆炎を浴び続けた結果――『爆発』という現象に体が適応してしまったのだ。
(さすがに大型爆弾『梟』や『炸裂剣』の直撃を食らえば、相応のダメージは避けられないけど……)
グレガのように能力の本質が爆発じゃない――いわば『副産物』的な爆発ならば、薄く闇の衣を纏うだけで完全に防ぎ切ることができる。
「……そうかよ。てめぇがいい感じに『人外』だってことは、よゥくわかったぜェ……。だったら、こいつはどうだァ!?」
奴が天高く左手をあげると――おびただしいほどの灰剣が頭上を埋め尽くした。
どうやら爆発という『面』の攻撃から、刺突という『点』の攻撃へ切り替えたようだ。
(『変幻自在の攻撃が売り』というだけあって、多彩な技を持っているな……)
さすがにアレは、闇の衣だけじゃ防げそうにもない。
俺は正眼の構えを堅持したまま、静かに呼吸を整える。
「はっはァ、串刺しにしてやんよォ! ――灰塵の剣ッ!」
グレガが左手を勢いよく振り下ろせば、百を超える灰剣が一斉に射出された。
確かに少し多いが……この程度ならば問題ない。
「――ハァ!」
俺は斬り上げ、斬り落とし、薙ぎ払い――基本に忠実な動きで、迫りくる灰剣を全て斬り捨てていく。
「ちィ……ッ。気持ち悪ィぐれェ、基本に忠実な剣術だなァ……。『地味くせェ修業が大好きです』ってかァ!?」
「あぁ、俺にはそれしかなかったからな」
どこの流派にも入れてもらえなかった俺には、地味臭い修業しかなかった。
「嫌味に対して真面目に返答するんじゃねェよ、ドカスが! 無駄な抵抗はやめて、さっさと無様に死にやがれ……!」
グレガがそう言って、左手を横へ振れば――俺を包囲するように灰剣が空中に出現した。
その数は先ほどとは比べるべくもない。
パッと見ただけでも、軽く千を超えているのがわかった。
(……さすがに多いな)
これを疑似的な黒剣一本で凌ぎ切るのは、物理的に不可能だろう。
「これで終わりだァ……ッ! ――灰塵の包剣ッ!」
奴が手に持つ灰剣を薙いだ次の瞬間、空中に浮かぶ千の剣が一斉に射出された。
……そろそろ頃合いだな。
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
俺がそう叫んだ瞬間、大聖堂にどす黒い闇が走る。
闇は迫りくる灰剣を漆黒に染め上げ、その全てを一瞬で食らい尽くした。
有無を言わせぬ圧倒的な破壊。
根源的な恐怖を刺激する黒。
音も光も――全てを無に帰すゼオンの闇。
それを間近で見せられたグレガは、
「お、おいおィ……。なんだよ、その出力……? お、俺は聞いてねぇぞ……ッ!? こんなの正真正銘の化物じゃねェか……ッ!?」
うわ言のように何かを呟きながら、ゆっくり背後へ後ずさった。
「隠していたわけじゃないが……これが俺の魂装だ。グレガ=アッシュ――悪いが、そろそろ決着を付けさせてもらうぞ!」
こうして俺とグレガの死闘は、いよいよ最終局面へ突入した。