アレン細胞と政略結婚【三十九】
魂装<灰塵の十字架>を展開したグレガの元には、灰色の物質が集まっていった。
「これは……。『灰』、か……?」
おそらくは炎熱系統、もしくは乾燥系統の能力だろう。
(初めて戦うタイプだ。心して掛かる必要があるな……)
まぁなんにせよ、初手で相手の能力を暴けたのはデカい。
それに何より――。
(……思った通りだ。闇の出力がかなり上がっている……!)
久しぶりに疑似的な黒剣を握った瞬間、はっきりとわかった。
自分の中に渦巻く闇が、より強く・より濃く・より暗く――ゼオンのものへ近付いていっていることが。
(その契機となったのは……多分、クラウンさんとのゲームだろう)
あのとき感じた『異物が混じったような力』。
あの力を認識できたことで……なんというか、そう……。
今まで塞がっていた『道』が、大きく開けたような気がする。
(もしかすると……。彼は『闇の強化』を知っていたから、俺たちの帝国行きを見逃したのかもしれないな……)
そうして少し前のことを思い返していると、
「アレン……てめぇは『神の使徒』であるこの俺に剣を向けた。それすなわち、神への反逆ッ! 当然、覚悟はできているよなァ……? この先ありとあらゆる責め苦を与え続け、地獄のような苦しみを骨の髄まで刻み込んでやるからなァ……ッ!?」
グレガの咆哮が響き渡り、凄まじい殺気が大聖堂を満たしていく。
「「「ひ、ひぃ……っ!?」」」
それを敏感に感じ取った貴族たちは、悲鳴をあげて身を寄せ合い、あの会長ですら思わず身を竦めていた。
そんな中――俺は特に何も感じなかった。
初めてフーと剣を交えたときの絶望感。
初めてレインと対峙したときの圧迫感。
そういった類のものが、何も感じ取れなかった。
本当にただただ無風。
何もない荒涼とした世界で、一人立ち尽くしているかのようだ。
「クク……ッ。どうしたどうしたァ……? 恐怖のあまり、間抜けな顔が固まっちまってるぜェ……ッ!?」
グレガが挑発交じりに剣を振るえば、凄まじい量の灰が巻き上がる。
すると次の瞬間、
「う、ぉ……!? な、なんだこれは……!?」
「え、あ……ぐ、ぐぁああああ……っ!?」
「熱っ、熱いぃいいいい……!?」
大聖堂のあちこちから、悲痛な叫び声があがる。
そこへ視線を向ければ――まさに火達磨となった貴族たちが、その場でのた打ち回っていた。
しかしその一方で、大聖堂には全く燃え移る気配はない。
燃やす対象をコントロールできるのか、それとも生物だけに反応する仕組みなのか……。
とにかくあの灰に触れるのは、極力避けた方がよさそうだ。
「――会長、大丈夫ですか?」
「えぇ。私には、水の守りがあるから問題ないわ。アレンくんは……うん、平気そうね」
「はい、闇の衣が防いでくれているようです」
彼女の無事を確認した俺は、すぐにグレガへ視線を戻す。
「んーんッ! 醜く肥え太った豚共はァ、やっぱりいい声で鳴くなァ……!」
突然貴族たちを手に掛けた奴は、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。
「……お前、同じ国の仲間じゃないのか?」
「はァ……? あんな貴族どもなんざ知らねェよ。どうせ生きてたって碌なことしねェんだ。これから始まる神の裁き――その讃美歌を歌うために、ああして命を燃やしときゃいいんだよォ」
「……そうか」
どうやらこいつは、思っていたよりずっと下種な男のようだ。
「クク、しっかしよォ……。敵国の貴族を気に掛けるなんざァ、随分甘っちょれェ剣士様だなァ……えェ!?」
グレガはそう言うと、ほどほどの速度でこちらへ向かってきた。
「――ふはッ!」
乱雑に振り下ろされた斬撃。
俺は水平に剣を構え、冷静にその一撃を受け止めた。
互いの剣がぶつかり合ったその瞬間、奴は怪訝な表情を浮かべる。
「んー、おっかしィなァ……。何故、実体のねェ灰剣が防げるゥ? その闇、いったいどんな能力があるんだァ……?」
「深く考えているところ悪いが、どこにでもあるただの強化系統の能力だよ」
この闇は身体能力・防御力・治癒力を向上させる力を持つ。
応用技として闇を触手のように操ることもできるが……基本的には、強化系統に分類される能力とみて間違いない。
「はッ、ほざけ! ただの強化能力で、この実体のねェ灰剣を止められるわけがねェだろうが……よォ!」
奴はそう言いながら、袈裟切り・唐竹・斬り上げ・斬り下ろし・突き――様々な角度から、多種多様な斬撃を繰り出した。
「……」
俺はその連撃をときに躱し、ときにいなし、ときに切り払い――淡々と対応していく。
その後は、ひどく乾燥したつまらない剣戟が繰り返された。
「ひゃははッ! どうしたどうしたァ……! 威勢がいいのは、最初だけかァ!?」
グレガは先ほどからずっとこの調子。
ただひたすら挑発を繰り返しながら、乱雑に剣を振っているだけだ。
会長はその攻防を不安そうな表情で、ジッと見つめている。
「……なぁ、一ついいか?」
「ふはッ、なんだなんだァ……? 今更許しを請うたところで、もう遅ェぞォ!?」
何か大きな勘違いをしている奴へ、俺ははっきりと告げることにした。
「――本気でこないのなら、もう終わらせるぞ?」
「……あァ?」
俺は一歩大きく踏み込み、しっかり体重を乗せた袈裟切りを放つ。
すると次の瞬間、
「か、はァ……ッ!?」
漆黒の斬撃はグレガの灰剣をいとも容易く叩き折り、奴の胸元に深く大きな太刀傷を刻み込んだのだった。




