アレン細胞と政略結婚【三十八】
かなり遠くから危機的状況を目にした俺は――咄嗟に疑似的な黒剣を展開して、全速力で駆け出した。
そうして会長へ振り下ろされた凶刃を防ぐと、
「……アレン、くん?」
彼女は信じられないといった表情でこちらを見上げた。
「はい。お久しぶりです、会長」
「ど、どうしてあなたがここに……!?」
「まぁちょっと、いろいろありましてね。その前に……少しジッとしててください」
「え、わ……きゃっ!?」
俺は会長を抱き抱え、大きく後ろへ跳び下がった。
そうやって眼前の凶悪な人相の剣士から距離を取った後――傷だらけになった彼女の体へ闇を伸ばし、一瞬にして治療を済ませる。
「あ、ありがと……」
「えぇ、どういたしまして」
「……って、そうじゃなくて! どうしてあなたが、帝国のど真ん中にいるの!?」
「そんなの、会長を助けに来たに決まっているじゃないですか。――確か、前に言いましたよね? 『呼んでくれれば、いつだって助けに行きますよ』って」
俺がクリスマスの時に交わした約束を口にすると、
「……っ」
会長は頬を赤く染めて言葉を詰まらせた。
彼女は最後の最後まで『助けて』と口にはしなかったけど……。
生徒会室に残された書き置き。
あの涙に濡れた手紙は、これ以上ないほどわかりやすい『助けて』の声だった。
「あ、あんな些細な会話を……覚えててくれたの……?」
「えぇ、もちろんです。それと……ここへ来たのは俺だけじゃありませんよ? リア・ローズ、リリム先輩にフェリス先輩、それにセバスさん――生徒会メンバー全員が揃っています」
「う、うそ……!?」
「今はちょうど……屋敷を護衛している剣士たちと戦っているところですね……」
耳を澄ませば、リアたちの声・剣戟の音・護衛たちの叫びが聞こえてくる。
これを聞く限り――どうやら今のところは、かなり優勢に戦えているようだ。
「みんな、どうして……っ」
この一件に俺たちを巻き込んだことを心苦しく思っているのか、会長が申し訳なさそうに呟いた。
すると、
「ふはッ、なるほどなァ……。てめぇが『特級戦力』アレン=ロードルか! なんでもフーとレインを斬り捨てるほどの実力があるそうじゃねェか……。こいつはァ……いいッ! これ以上ない神への捧げものになるぜェ……ッ!」
黒い外套を纏った男は、凶悪な笑みを浮かべながら一人不気味に笑う。
「……アレンくん、気を付けて。あの男は神託の十三騎士グレガ=アッシュ――実体のない灰剣を振るう危険な超一流の剣士よ」
「神託の十三騎士、ですか……」
帝国一の貴族の護衛は、やはりただものではないようだ。
「……なにか逃げる算段はあるのかしら?」
「あはは、すみません……。かなりの強行軍だったもので……正直何もないのが現状です」
一応この場さえ切り抜ければ、行きに利用した『スポット』でリーンガード皇国へ飛べるけど……。
敵に包囲されたこの窮地をどう凌ぐか、それが一番の問題だ。
「そう……。いえ、ごめんなさい。助けてくれてありがと。本当に感謝しているわ」
会長は絶望的な状況に顔を曇らせながらも、律儀にお礼の言葉を口にした。
「相手は神託の十三騎士、そう簡単には逃げられないでしょう。――でも、安心してください」
「どういうこと……?」
「今の俺は――多分、少しだけ強いですから」
俺は彼女を安心させるように微笑み、一歩前へ踏み出す。
それから疑似的な黒剣をへその前に置き、正眼の構えを取った。
「――グレガ=アッシュ。こっちの都合で悪いが、あまりモタモタしている時間もない。そろそろ、始めさせてもらうぞ?」
「あァ、いつでも来るがいいさァ! 活きのいい男女を二人も捧げれば……。ふはッ、神もさぞお喜びになるだろォなァ……ッ!」
奴は口角を凶暴に吊り上げ、灰色の切っ先をこちらへ突き付けた。
その後、互いの視線が激しくぶつかり合ったところで――俺は強く床を蹴り付ける。
「なッ、消え……ッ!?」
「――どこを見ているんだ?」
一足でグレガの背後を取った俺は、
「……ッ!?」
ゼロ距離で強烈な一撃を叩き込む。
「一の太刀――飛影ッ!」
漆黒の斬撃がほとばしり、大聖堂が『黒』一色に染まっていく。
「なん、だ……このふざけた威力、は……っ!? た、焚け――<灰塵の十字架>ッ!」
飛影の直撃を受けた奴はたまらず魂装を展開し、なんとか斬撃の軌道を逸らした。
「す、凄い……っ」
会長の呟きが大聖堂に響き渡り、やがて土煙が晴れるとそこには――。
「て、めぇ……楽に死ねると思うなよォ……ッ!」
額から血を流したグレガが、凄まじい形相でこちらを睨み付けていた。
「ここで死ぬつもりはないさ。それと――悪いが、一瞬で終わらせてもらうぞ」
こうして神託の十三騎士グレガ=アッシュとの死闘が幕を開けたのだった。