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アレン細胞と政略結婚【三十六】


 大聖堂の扉がゆっくりと開かれ、新郎新婦が入場する。

 ヌメロが先頭を歩き、シィはその三歩後ろを従者の如く付いていく。


 すると、彼女の花嫁姿を見た参列客から感嘆の息が漏れ出した。


「おぉ、アレが『十番』ですか……!」


「これは凄い! まさに『傾国(けいこく)の美』と呼ぶにふさわしいですな!」


「いやはや、本当にお美しい……。なんとも羨ましい限りだ!」


 シィの美貌に触れた彼らは、口々に賛美の声を上げる。

 しかし、それと同時に下世話(げせわ)な話があちこちで繰り広げられた。


「くく……っ。ヌメロ殿はかなり『特殊な嗜好』をしていらっしゃる……。あの美しい顔が苦痛に歪む様を想像すると……たまらないものがありますなぁ……っ!」


「しかも、十番はあのアークストリア家のご令嬢……! 高貴な女が身を落とす様は……。ふひひ、いつ見ても興奮せざるを得ませんのぉ……!」


 その後、ヌメロとシィが祭壇前の定位置についたところで――大聖堂の最奥にて、神への祈りを捧げていた若い神父がゆっくりと立ち上がる。


 人の()さそうな笑みを浮かべた彼は、そのまま祭壇の前へ移動してコホンと咳払いをする。


「それではこれより、ヌメロ=ドーランとシィ=アークストリアの結婚式を執り行います。まずは開式の辞を述べさせていただ――」


「――ぬふふ、長ったらしい挨拶など不要だ! さっさと式を進めろ!」


 短気でせっかちなヌメロは、神父の言葉を遮って命令を下した。


「そうですか……。では神父として、一言だけ添えさせていただきましょう。――神は言っている、今日は聖なる一日になる、と」


 彼は開式の辞を短くまとめた後、二人へ向けて『誓いの言葉』を投げ掛ける。


「――新郎ヌメロ=ドーラン。(なんじ)その慈悲深き心をもって、新婦シィ=アークストリアに寵愛(ちょうあい)を授け、その心ある限り丁重に扱うことを誓いますか?」


「ぬふふ。もちろん、誓ってやろう!」


「――新婦シィ=アークストリア。汝健やかなるときも、病めるときも、新郎ヌメロ=ドーランにその身と心の全てを捧げ、彼の所有物として永遠の隷属(れいぞく)を誓いますか?」


「……はい、誓います」


 ひどく一方的な誓いが結ばれ、神父は満足そうに微笑んだ。


「おぉ、神よ! ここに迷える子羊たちが身を寄せ合い、あなたへの誓いを打ち立てました! その慈悲深き御心により、このものたちへ神の祝福を与えたまえ! 新郎ヌメロ=ドーラン、新婦シィ=アークストリア――さぁ今こそ、誓いの口づけを!」


 二人の視線が交錯し、互いに一歩前へ踏み出した。


 ヌメロは静かに目をつぶり、シィの奉仕を待つ。


 彼女は緊張した面持ちで息を吐き――覚悟を決めた。


(厄介な護衛の剣士たちは遥か後方……。やるなら……今しかない……ッ!)


 次の瞬間、シィは目にも留まらぬ速さでドレスに忍ばせた短刀を引き抜き、


「――ヌメロ=ドーラン、覚悟!」


 彼の心臓目掛けて凄まじい突きを放った。


「「「なっ!?」」」


 式場は騒然となり、ヌメロは突然の大声に目を見開く。


 それと同時に、入り口付近で警戒していた護衛たちが顔を真っ青にして駆け出した。


 式場の祝福ムードはぶち壊しとなり、大混乱が巻き起こった結果。


「ぬ、ぉ……!?」


 鋭い短刀が深々とヌメロの胸に突き立てられ、彼はその場で膝を突いた。


(や、やった……っ)


 こうして帝国の大貴族ヌメロ=ドーランの暗殺に成功したシィは、


「……なっ!?」


 目の前で起こった不可解な光景に、思わず言葉を失う。


 深々と胸に突き立てた短刀には――刀身部分がなかった。

 もっと正確に言うならば、灼熱の炎で(あぶ)られたかのように融解していたのだ。


 小心者のヌメロはショックのあまり気絶しているが……依然として無傷のままである。


(これは……魂装の力……!?)


 シィが刀身の消失した短刀を呆然と見つめていると、


「クスクスクス……ッ」


 不気味な笑い声が式場全体に響き渡る。


「おやおやァ……? 神への誓いを違えては、いかんなァ?」


 人の好さそうな顔付きから一転し、凶悪な笑みを浮かべた神父は、立て(えり)の祭服を脱ぎ捨てた。


 するとそこには――黒の組織の最高幹部だけに着用が許された、『とある紋章』の刻まれた黒い外套があった。


「……ヌメロの護衛が解かれたと思ったら、そういうことね」


 その衣装と豹変した顔つきから、シィは瞬時に神父の正体を見破る。


「――神託の十三騎士グレガ=アッシュ。まさかこんな大物が護衛についているなんてね……っ」


 ヌメロの暗殺に失敗した彼女は、思わぬ強敵の出現に顔を青ざめさせたのだった。

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