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アレン細胞と政略結婚【三十三】


 心落ち着く爽やかな紅茶の香りが漂う中、フーは席に着くよう促した。


(どういうつもりか知らないが……。こちらにとっては好都合だな)


 向こうが話し合いを望んでいるのならば、いくらでも付き合おう。

 俺がこいつの足止めをしている間、リアたちは自由に動ける。


(つまり今ここですべきは……できるだけ話を引き延ばし、時間を稼ぐことだ!)


 そう判断した俺は、フーの対面にある椅子に腰を下ろす。


「それで……『いつぞやの質問』って、なんのことだ?」


「む、覚えていないのか? まぁいいだろう」


 奴はコホンと咳払いをして、ゆっくりと語り始めた。


「あれは確か昨年の九月ごろ、私がドドリエルと共に千刃学院を強襲したときのことだ。アレン=ロードル、貴様は『幻霊』とリア=ヴェステリアの『中身』について、私に問いを投げ掛けた。しかし、あのときは任務中だったのでな。『紅茶でも飲みながら、またの機会に』ということになった。……どうだ、思い出したか?」


「……あぁ」


 そう言えば、確かそんな話があったような気もする。


(でも、まさかそんな軽口を今の今まで覚えていたとは……)


 どうやらフーは、けっこう律儀な性格をしているようだ。


「私は考古学者ということもあり、好奇心旺盛な若者の質問には答えるようにしている。これは持論なんだが……学者の仕事は、決して研究ばかりではない。正しい知識を後進に広め、知恵のバトンを繋いでいく――これこそが至上の職務だと思うのだが、どうだろうか?」


 フーは早口で(まく)し立て、最後に質問を投げてきた。


「え、あ、あぁ……。別に間違ってないと思うぞ」


「ふっ、だろう?」


 奴は満足そうに笑みを浮かべ、カップへ口をつける。


 いつもは無口で無表情だけど……自分の領域・分野に関することについては、かなりお喋りのようだ。


「さて、それでは早速本題へ入ろうか。まず我々黒の組織が躍起になって集めている『幻霊』だが……。これはかつてこの世界を恐怖のどん底に叩き込んだ化物の総称だ。いくつかの国々は幻霊を秘密裏に捕獲し、戦力として隠し持っているようだが……。いまだその多くは世界のどこかで息を(ひそ)めている」


「それは初耳だな……」


「まぁ、これは一般に知られていることではないからな。――そしてリア=ヴェステリアの『中』には、幻霊原初の龍王(ファフニール)が封印されている。おそらくそれが、彼女の魂装となっているはずだ」


 確かに<原初の龍王>は、リアの魂装の名だ。


「七百年前――突如として出現した原初の龍王は、ヴェステリア王国を襲った。『万象を焦がす黒炎』と『万物を癒す白炎』、その圧倒的な力によって、王国全土は焦土と化した」


「そ、そんなことが……っ」


 あまりにも衝撃的な過去に、思わず言葉を失った。


「まぁ、知らずとも無理はない。『歴史の研究』は、国際法で固く禁じられているからな」


 フーはそう言って、さらに話を続ける。


「当時ヴェステリアを守護していた七聖剣の一人は、決死の覚悟で討伐に乗り出し――無残にも食い殺された。国中の希望を背負った剣士の敗北、当時のヴェステリアは絶望のどん底に叩き込まれたそうだ。しかしそんなとき、一人の女が立ち上がった。遠い異国で生まれた彼女は、その血に宿る特殊な力によって、原初の龍王を自らの胎内へ封印したそうだ」


 淡々と語られる衝撃的な話に、俺は静かに聞き入っていた。


「その『初代宿主』は救国の英雄となり、後にヴェステリアの国王と結ばれた。それ以来、原初の龍王はヴェステリア家に代々引き継がれている。今代の宿主は、リア=ヴェステリア。先代は確か……そう、リズ=ヴェステリア。ちょうど彼女の母親にあたる存在だ」


 そうして長い話を終えたフーは、一息をついた。


「――これが『幻霊』とリア=ヴェステリアの『中身』について、私の知っていることだ。何か質問はあるか?」


「……いや、大丈夫だ」


 一気に押し寄せた情報の嵐を、必死になって処理していた。


(幻霊はとてつもない力を持った化物の総称。リアが引き継いだ原初の龍王は、かつてヴェステリアを襲った幻霊……。そして黒の組織は、それを躍起になって集めているというわけか……)


 黒の組織がいったい何のために幻霊を集めているのか、割と気になるところだけど……。


(下手なことを聞いて、この場でフーと戦闘になることだけは避けたい。それにどうせ(ろく)でもない目的なのは、火を見るよりも明らかだしな……)


 そうして俺が口をつぐんでいると、


「ときにアレン=ロードル。一つ質問をしてもいいだろうか?」

 

「あぁ、構わないぞ」


「――貴様は『世界の果て』について、考えたことはあるか?」


 フーはとても真剣な表情で、そんな質問を口にした。

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