アレン細胞と政略結婚【三十一】
黒い外套を身に纏った俺たちは、ベリオス城の屋上を目指して動き始めた。
今いるここはちょうど十階、一般構成員の居住区。
ザクの私室を出た俺たちは、フードを目深にかぶり、ひとまず十一階を目指して進む。
「……なんというか、落ち着かないな」
俺がポツリとそう呟くと、
「そうね……。さすがにちょっと緊張するわ……っ」
右隣を歩くリアがコクリと頷いた。
右を見ても左を見ても、黒い外套に身を包んだ構成員ばかり。
まるで黒の組織の仲間になった感じがして、あまりいい気分ではなかった。
(でもまぁ、この外套を借りられて本当に助かったな……)
ザクの言っていた通り――この衣装に身を包んでいる限り、そう怪しまれることはないようだ。
(たまにジロジロと見てくる奴もいるけど……)
特に何か言われることもなく、そのまま通り過ぎていくだけだった。
(しかし、こういうところで性格って出るもんなんだな……)
しっかり者なリアは、気を抜くことなく慎重な足取りで進む。
その一方、強心臓で場慣れしたローズや基本前向きなリリム先輩は、臆することなくハキハキと歩いていく。
そして普段からおっとりしているフェリス先輩は、相も変わらずといった調子だ。
(ただ少し意外だったのは――セバスさんだ)
彼は鼻先まで隠れるぐらいフードを深くかぶり、決して顔を見られないよう猫背になりながら最後尾についた。
大胆で自信家だと思っていたけど、実際はかなり慎重なタイプのようだ。
その後、俺たちは順調にベリオス城を登っていき、案外すんなりと最上階である二十階へ到着した。
するとそこは――これまでとはガラリと空気の変わった特殊な階層だった。
(ここは……書庫か?)
見渡す限り、一面の本。
ぴっちりと書架に整理されたおびただしい数の本は、ここを管理する者の几帳面さを反映しているようだった。
「これはまた凄い量ね……。それも見たことのないような、古い本ばかり……」
「黒の組織には、考古学者でもいるのか……?」
リアとローズがそんなことを呟いたその瞬間、
「――しっ、静かに!」
俺は人差し指を口にあて、小声で注意を発した。
耳を澄ませると――奥の方から一人分の足音が、こちらへ向かってくるのが聞こえた。
(……マズいな。こいつはかなり強いぞ……っ)
それは意識を集中させなければ聞こえないほど、静かで落ち着いた足音。
この音の主が並々ならぬ手練れであることは間違いない。
(十九階に退くのは……悪手だな……)
それはあまりに不自然な行動であり、余計に怪しまれてしまうだろう。
(……行くしかない、か)
俺たちは互いに顔を見合わせ、コクリと頷いた。
どうやら、考えは全員同じのようだ。
それから俺たちは、意を決してその足音へ向かっていく。
フードを目深にかぶり、決して目を合わせないよう下を向きながら、静かに奴の横を通り過ぎようとした。
(頼む……っ。このまま素通りさせてくれ……っ)
こんなところで問題を起こせば、会長の救出は絶望的になる。
それだけは、絶対に避けなくてはならない。
祈るようにしてゆっくりと奴の横を通ったその瞬間、
「――待て」
どこかで聞いたことのある冷たい声が、書庫中に大きく響き渡る。
「貴様等、どこの所属だ? 何故、私の書庫に立ち入る? 普段は人っ子一人寄り付かぬこの場所へ、六人もの集団でいったいなんのようだ?」
「「「「「……っ」」」」」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、俺たちは答えることができなかった。
(くそ、ここまできたのに……。最悪の展開だ……っ)
そうして俺が歯を食いしばっていると、
「……人と話をするときは、フードを取るのが礼儀じゃないか?」
突然凄まじい突風が巻き起こり、顔を隠していたフードがはがされてしまった。
「ほぅ、これはこれは……っ。ずいぶんと珍しい客人だな」
ゆっくりと顔を上げるとそこには、
「フー=ルドラス……っ」
かつて千刃学院を強襲し、会長たちをいとも容易く捻じ伏せた恐るべき剣士――神託の十三騎士、フー=ルドラスの姿があった。