アレン細胞と政略結婚【三十】
ザクはベリオス城の見取り図――その外周部分をグルグルとペンでなぞる。
「この城は少々特殊な造りをしていてな。外敵の侵入を防ぐため、窓の類が一切ない。つまり必然的に、ここから出る方法は三つにしぼられる。スポットを使用するか、一階の正面玄関から出るか、屋上から飛び降りるか、だ」
「なるほど……」
俺がコクリと頷くと、奴は一本ずつ指を立てながら三つの方法を説明し始めた。
「まず一つ目。スポットを使った脱出方法だが、これは現実的ではない。神託の十三騎士クラスならばともかく……俺のような一般構成員には、それがどこにあるかさえ知らされておらん。この広いベリオス城から適切なスポットを探し出すのは、まずもって不可能だろう」
「確かにそうだな……」
結婚式が始まるまで、もう後二、三時間というところだ。
ゆっくりスポットを探している余裕はない。
「次に二つ目。一階の正面玄関から出る方法だが……これも難しいと言わざるを得んな。なにせ正面玄関には、入退城を管理する屯所がある。見慣れぬ顔が六人も揃えば、否が応でも怪しまれるだろう。たとえ一人ずつバラケて退城したとしても……一人がバレた時点で計画はおしまいだ」
「……だな」
やはりベリオス城からの脱出は、中々困難を極めるようだ。
「最後に三つ目。屋上からの脱出だが――これが最も現実的かつ安全だ」
ザクはそう言って、見取り図の屋上部分をカンカンと叩いた。
「ベリオス城は、上に行けば行くほど警備が薄くなっていく。そして屋上には、入退城を管理する屯所もなければ、わざわざ好き好んで顔を出す奴もそうはおらん。――お前たちは神聖ローネリア帝国まで、潜入してくるほどの剣士だ。二十階から飛び降りたところで、どうこうなるほど柔ではあるまい?」
「あぁ、もちろんだ」
俺には闇があるし、リアとローズにも体を強化する能力がある。
リリム先輩は起爆粘土を作り出すという能力だから、少しきついかもしれないけど……。
そこはフェリス先輩の操作系の力で、どうとでもなるだろう。
セバスさんは唯一能力が不明だけど……まぁ、あの人ならば素の状態でも大丈夫そうだ。
俺がそんなことを考えていると、
「……でも、それってちょっと危険じゃないかしら?」
「うむ、リアの言う通りだ。最上階には皇帝バレル=ローネリアがいるんだろう?」
リアとローズがそう質問を投げ掛け、それと同時にザクは首を横へ振った。
「その心配は無用だ。皇帝は『最上階』ではなく、この城の『地下』深くにいるからな」
「「地下深く……?」」
予想外の返答に二人は、小首を傾げた。
「うむ。噂によれば、捕獲した幻霊やその宿主を使って『儀式』を行っているそうだ……。『触らぬ神には祟りなし』、間違っても下手な手出しはせんようにな」
「あぁ、大丈夫だ」
どんな儀式が行われているのか、確かに少し気にはなるが……今は会長の救出が最優先だ。
そうして行動方針が定まったところで、ザクが難しい表情でポツリと呟いた。
「しかし……。この時期に政略結婚が決まったというのは、考えようによっては運がいいのかもしれんな……」
「……どういう意味だ?」
「今はちょうど神託の十三騎士のほとんどが、幻霊を確保するため国外で活動していてな。特に『皇帝直属の四騎士』がいないのは、まさしく僥倖と言っていいだろう」
「へぇ、そうなのか」
その情報が確かならば、今は千載一遇のチャンスかもしれない。
「――さて、あまり時間もないだろう。行くがいい!」
ザクは「いい結果になるよう祈っておるぞ!」と言って、親指をグッと立てた。
「……礼は言わないぞ」
「ざはは、俺たちは敵同士! 当然、礼なぞ不要だ! だがな、俺は時折思うんだ。アレン……いつかお前と共に剣を振るときがくるのではないか、とな」
「悪いが、それはあり得ない」
俺が黒の組織と共に剣を振るなんてことは、天地がひっくり返っても起こり得ない。
「ざはは、人生とは何があるかわからんものだ! 俺とて、まさか聖騎士から黒の組織に入るなんぞ――夢にも思わなかったからな!」
ザクはそう言って、一人楽しげに笑った。
「……じゃあな。いろいろ助かったよ」
「あぁ、またどこかで会おうぞ――『キラキラの原石』よ!」
そうしてザクと別れた俺たちは、黒い外套をその身に纏い、ベリオス城の屋上を目指したのだった。
※ちょっとしたお知らせ
……終わった。
…………やった、勝った!
ということで、見事『書籍版第1巻の原稿』を撃破しました!
ほとんど全てのページに加筆しました! めちゃくちゃ面白い書籍版限定の書き下ろしをガリガリと書き込みました! Web版の読者様にだけわかるちょっとした小ネタを挟みました!
今日はグッスリと寝ます! 一か月ぶりにグッスリと熟睡します!