アレン細胞と政略結婚【二十八】
突然協力の申し出を口にしたザクに対し、俺は強い警戒を持って鋭い視線をぶつける。
「リアを誘拐したお前を……信じろと?」
去年の八月頃、こいつはリアを拉致監禁した。
今はどういうわけか俺たちを匿ってくれているようだが、そう簡単に信用していい相手じゃない。
「ざはは! 重く冷たい、凄まじい殺気だ……! 少し見ぬうちにかなりの修羅場をくぐったようだな!」
ザクは好戦的な笑みを浮かべ、真っ向から睨み返してきた。
そうしてまさに一触即発の空気が流れ出したそのとき、
「……多分、大丈夫だと思うわ」
「り、リア……!?」
意外なところから、ザクを擁護する声があがった。
「聞いて、アレン。私が幻霊研究所に監禁されていたとき――両手両足が拘束されているのをいいことに一人の研究者がその……へ、変なことをしようとしてきたの……っ」
「……なに?」
そんな話は初耳だ。
(リアに『変なこと』……だと!?)
彼女が言い淀んだところから察するに、それはきっと不埒なことと見て間違いないだろう。
(動けないリアを辱めるなんて……。本当にいい度胸をしているな……っ)
頭に血が上ると同時に、どす黒い闇がボコボコと体を覆い始めた。
「ちょ、ちょっとアレン!? 見たことない感じの闇が漏れているわよ!? 気持ちは嬉しいけど落ち着いて! あのときはギリギリ未遂に終わったから、私は本当になんにもされてないわ!」
リアは慌てた様子で、パタパタと大きく手を振る。
「そうか、それならよかった……」
俺がホッと胸を撫で下ろしていると、彼女は話を続けた。
「え、えーっと、それで結局なにが言いたかったかというと……。危ない研究者に襲われそうになったとき、ザクが助けてくれたのよ」
「ざはは、そんなこともあったか。今となってはもう懐かしいな。……んぐ、ぷはぁーっ!」
ザクは二本目の酒瓶を開け、シュワシュワと泡立つ酒を一気に喉へ流し込んだ。
「別にいい奴とまでは言わないけど、根っからの悪人というわけじゃないわ。現に今だって、私たちを匿ってくれているわけだし……。ちょっと頼ってみるのもありなんじゃないかしら?」
リアは真剣な表情で、そんな提案を口にした。
「……そう、かもな」
今の話が本当ならば、どうやらこいつは一本筋の通った悪人というわけだ。
(そう言えば、ザクは『元聖騎士』だったか……)
いったいどうして聖騎士から、黒の組織へ鞍替えしたのかは教えてもらえなかったけど……。
かつて正義に厚い男だったことは、間違いないはずだ。
(リアの言う通り、ここはザクに協力を仰いだ方がいいのかもしれないな……)
俺たちが今いるこの部屋は、ベリオス城の十階一般構成員の居住区。
『内通者』の協力なくして、こっそり城から抜け出すことは現実的ではないだろう。
「……ザク、少し話を聞いてくれるか?」
「ざはは、もちろん構わんぞ! 『希代のキラキラ』が、いったい何の目的で帝国へ乗り込んできたのか……実に興味深い! ぜひとも聞かせてくれ!」
こうして俺はかつての敵――ザク=ボンバールの協力を取り付けるため、簡単に今の状況を説明することにしたのだった。
昨日ご連絡させていただいた通り、金曜(今日)・土曜(明日)・日曜(明後日)と一話一話が短くなります……(書籍版第1巻の締め切りが今週末のため)。