アレン細胞と政略結婚【二十七】
ザク=ボンバール。
真紅の短い髪。
二メートルほどの巨体に、鍛え上げられた筋肉。
年は三十代半ばほどだろう。
彫の深く精悍な顔立ち。
低く渋みのある声。
かつてリアを誘拐した超危険人物であり、凄まじい力を誇る一流の剣士だ。
(くそ、最悪だ……っ)
まさかいきなりこんな強敵と出くわすなんて……本当についていない。
そうして期せずしてザクと遭遇した俺たちが、素早く剣を引き抜いたその瞬間、
「――朝っぱらからうるせーぞ、このデカブツが! 今何時だと思ってやがんだ、こら!」
部屋の扉がガンガンと激しく揺れ、外から聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
この声は確か……ザクと二人組で活動していた、トール=サモンズのものだ。
(ますますマズいぞ……っ)
トールは短い時間とはいえ、レイア先生を足止めしたほどの実力者だ。
(ザクとトール――この二人と同時に戦えば、相当な騒ぎになることは間違いない)
ここは既に神聖ローネリア帝国。
もしそんな騒ぎを起こせば、黒の組織の構成員や神託の十三騎士が大挙して押し寄せるだろう。
当然、会長の救出は絶望的なものとなる。
(くそ、どうする……!?)
一時撤退は……駄目だ。
そんなことをすれば、もう二度とあのスポットは使えない。
それならば、一撃でザクとトールを戦闘不能にするか……?
いや……無理だ。
あの二人はそんなに生易しい相手ではない。
そうして俺があまりの不運に唇を噛み締めていると、
「――ざはは、すまんすまん! あまりに快便だったもんでな。ついうっかり叫んでしまったわ!」
ザクはそう言って、何故か俺たちのことを報告しなかった。
「ちっ、相変わらず品性の欠片もねぇ奴だな……。次騒ぎやがったらぶっ殺すからな!」
トールは口汚くそう罵った後、どこかへ去っていった。
そうして足音が遠く離れたことを確認してから、
「……よしよし、行ったようだな」
ザクは小さな声でそう呟いた。
「お前……どういうつもりだ?」
どうして俺たちを庇ったのか。
これは組織に対する裏切りではないのか。
いったい何を考えているのか。
正直、こいつの意図が全く掴めなかった。
「ざはは、せっかくの再会だからな! あやつが来ては、ぶち壊しにされてしまうわ!」
ザクは答えになっていない返事をして、冷蔵庫から茶色の酒瓶を取り出した。
「『再会を祝して』という奴だ。どれ、お前たちも飲むといい!」
「……まだ未成年だよ」
「ん? そうだったか……見た目通り、お堅い奴だな!」
いったい何がそんなに楽しいのか、奴はとても上機嫌に酒をあおる。
「ぷはぁ……っ。まばゆい『キラキラ』を肴にして飲む酒は、これまた格別なものがある!」
ザクはジッと俺のことを見つめながら、酒臭い息を吐き出した。
相変わらず……キラキラだなんだと、よくわからないことを言う奴だ。
(はぁ……。なんか気が抜けたな……)
奴の適当過ぎる態度を見ていると、こちらだけ気を張っているのが馬鹿らしく思えてきた。
「ザク、ここはどこなんだ?」
落ち着いて周囲を見回せば、六畳ほどの部屋だった。
ベッドや衣装棚、冷蔵庫に扇風機、それから脱ぎ捨てられたパンツに空いた酒瓶と……これ以上ないほど生活感に満ちた空間が広がっている。
「なんにもないところだが、一応俺の部屋だ」
「……お前の部屋? トールもいたようだけど、もしかして同居しているのか?」
「ざはは、まぁ同居と言えば同居だ! 何といってもここは『ベリオス城』の十階――俺ら一般構成員の居住区だからな!」
奴はそう言って、酒を豪快に飲み干した。
「なるほど、そういうことか……」
どうやらあのスポットの先は、敵陣の本丸へ繋がっていたようだ。
(これは好都合だな……)
レインの情報によると、ベリオス城のすぐ近くにヌメロ=ドーランの本宅があるらしい。
(そうなってくると……問題はどうやってこの城から脱出するか、だな……)
ザクが言うには、この部屋は十階に位置しているそうだ。
城内には黒の組織の構成員が山ほどいることを考えれば、ここを脱出することは中々難しいだろう。
(会長までが近くて遠いな……。さて、どうしようか……)
そうして俺が思考を巡らせていると、
「ざはは、難しい顔をしておるな。どれ、事情を話してみろ。何か力になってやれるやもしれんぞ?」
酩酊状態となったザクは、突然協力の申し出を口にしたのだった。
明日7月26日から7月28日までの三日間、一話一話が短くなります。
理由としましては、書籍版第1巻の締め切りが今週末までだからです……。
金・土・日はいわゆる『修羅場』となりますが、とにかく頑張って乗り越えていきたいと思います……っ。