表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/445

アレン細胞と政略結婚【二十六】


 神聖ローネリア帝国、大貴族ヌメロ=ドーランの本宅。


 まるで城や宮殿と見紛うばかりの五階建ての邸宅は、まさに帝国一の大富豪にふさわしいものだ。

 気品を感じさせる白塗りの外壁、落ち着いた雰囲気の青い屋根瓦、中央にそびえ立つ丸みを帯びた塔。

 庭園には色とりどりの花が咲き誇り、中央には世界的に有名な像が存在感を放つ。


 そんな大豪邸のとある一室にて、シィ=アークストリアは物憂げな表情を浮かべていた。


「はぁ……」


 ベッドで仰向けに寝転んだ彼女は、何度目になるかもわからないため息をこぼす。


「まさかあんな男と結婚することになるなんてね……」


 ヌメロの悪評は、もちろんのこと聞き及んでいた。


 常に十人の妻を召し抱え、『一』から『十』までの番号で管理しているらしい。

 今日の夜は五番、明日は七番、明後日は八番といった風に。


 シィは一か月ほど前に空席となった十番に収まる予定だ。


 ヌメロが迎え入れた妻の数は百を超え、壊した女性の数は千を超えると言われている。


 まさに帝国における最低最悪の男だ。


「あーあ……。いつかきっと『白馬の王子様』が迎えに来てくれると思ってたのになぁ……」


 シィ=アークストリアには夢がある。

 意外にもロマンチストな彼女が、幼い頃からずっと胸の内に秘めてきた夢とは――『お嫁さん』になることだ。

 いつかきっと白馬の王子様が現れて、『アークストリア』という重責から自分を解き放ってくれる。


 そして――地位も家柄も使命も忘れさせて、自分をただ一人のお嫁さんにしてくれる。


 純情なシィは、そんな理想の男性が現れることを夢見てきた。


 かつて一度だけ、この話をリリムとフェリスにしたとき――二人はお腹を抱えて大笑いした。


『ぷっ……あっははははっ! は、白馬の王子様って……っ』


『し、シィ……っ。さ、さすがにそれは……乙女過ぎると思うんですけど……っ』


『むぅー……っ。そ、そんなに笑うことないじゃない!』


 それ以来シィは白馬の王子様のことを誰にも話さず、そっと胸の内にしまった。


 だが、長い年月が流れた今なお純粋で純情な彼女は信じていた。


 いつかきっと運命の男性が――白馬の王子様が迎えに来てくれるんだと。 


 しかし、現実は残酷だった。


 強大な魔族の力を恐れた母国にはあっけなく売られ、この先はヌメロのいいようにされて、いつかどこかで捨てられる。


 夢も希望も救いもない、凄惨な未来が待っているだけだ。


「はぁ……」


 そんな絶望的な状況に置かれたシィは、過酷な現実から逃げるようにして、リーンガード皇国に残してきた友人たちに想いを()せる。


「みんな、今頃何してるんだろ……。手紙、気付いてくれたかな……?」


 生徒会室の自分の机に隠しておいた手紙――皇国を発つ前日に書き記したあの手紙は、シィにできる精一杯の『さようなら』だった。


 彼女にとって、あの手紙を書いているときが一番つらかった。

 みんなとの楽しい思い出が(せき)を切ったように溢れ出し、涙が止まらなかった。


「やっぱり……ちゃんと直接お別れを言った方がよかったかな……?」


 既に何度も自分へ問い掛けた質問を再び口にする。


「…………いや、無理ね」


 アレンたちの顔を見て、笑顔で帝国へ向かう自信がなかった。


 きっとボロボロに泣いて、みっともない出国になってしまう。

 そんなことになれば、みんなの心をいたずらに傷つけてしまうだけだ。

 それがわかっていたからこそ、彼女は置手紙という間接的な方法を取ったのだ。


「あの手紙を読んだみんなは、どう思ったかな?」


 泣いてくれたかな。


 悲しんでくれたかな。


 怒ってくれたかな。


 そして何より――忘れないでいてくれるかな。


 そんなことを考えていると、目尻に熱いものが込み上げてくるのがわかった。


「リリム、フェリス、リアさん、ローズさん……そしてアレンくん……。もう一度、みんなに会いたいなぁ……」


 彼女の心の叫びを聞くものは――もう誰もいない。


 ヌメロとの結婚式まで、後わずか数時間。



 幻霊研究所の隠し部屋で『スポット』を発見した俺たちは、息を揃えて一斉にそこへ飛び込んだ。


 スポットの中は、見渡す限り一面の黒。

 上下左右の感覚がない、とても不思議な空間が広がっていた。


(これが……ドドリエルの『影の世界』、か……)


 冷たくて暗くて――どこか孤独な閉じた世界。


 俺たちはそのまま『影の流れ』に身を任せ、静かにその時を待つ。


 それから少しすると、前方にまばゆい光が見えてきた。


(あれが出口か……?)


 その直後――唐突に影の世界は消滅し、俺たちは大きな白い部屋に吐き出された。


 あまり実感はないけど、おそらくここはもう神聖ローネリア帝国なんだろう。


 すると次の瞬間、


「こいつは珍しい……侵入者だな!」


 俺の背後に立った一人の巨漢が、その手に持つ大剣を勢いよく振り下ろした。


(これはまた、随分と手荒い歓迎だな……っ)


 すぐさま闇の衣を纏い、迫りくる一撃を素手で受け止める。


 さらにその流れのまま、大剣の刀身を握り潰した。


「ほぅ……! いい、いいぞ……っ! あのとき(・・・・)より、さらに出力が跳ね上がっているではないか!」


 何故かとても嬉しそうにそう叫んだ男は――かつて二度、壮絶な殺し合いを演じた敵だった。


「お、お前は……っ!?」


「ざはははは! 久しいな『希代のキラキラ』――アレン=ロードルよ!」


 黒の組織の構成員、ザク=ボンバールがそこにいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] シィは帝国に着いてからヌメロと結婚式を挙げるまでは何をしていたんですかね?手は出されていませんよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ