アレン細胞と政略結婚【二十五】
俺たちは聖騎士協会オーレスト支部を飛び出し、ドレスティア近郊に位置する幻霊研究所へ向かった。
時間短縮のため、馬車の類は使わない。
急いでいるからこそ――走るのだ。
そうして数時間ほど走り続けると、商人の街ドレスティアに到着した。
町の中心を貫く『神様通り』を駆け抜け、その先に広がる林へ進む。
そのまま険しい獣道を掻き分けて行けば、前方に半壊したボロボロの研究所が見えてきた。
「ふぅ、ようやく着いたな……」
幻霊研究所リーンガード支部――かつてリアが拉致監禁された、黒の組織の研究施設だ。
「改めて見ると結構大きいわね……」
「この広い研究所から、たった一つのスポットを見つけるとなると……少し骨が折れそうだ」
リアとローズが呟き、
「そもそもスポットって、どんな形をしているんだ……?」
「正確には『影渡り』という技らしいし……。黒っぽい何かだと思うんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩は、小首を傾げながらそんなことを口にした。
(ローズの言う通り、これは思っていた以上に時間が掛かるかもしれないな……)
研究所は広大な上、その内部は侵入者対策によって迷路のように入り組んでいる。
そうして少し嫌な空気が流れ始めたところで、セバスさんはみんなの注意を引くように手を打ち鳴らした。
「とにかく今は時間が惜しい。早いところ、捜索を始めよう! ――アレン、研究所の構造を知る君が先頭を行ってくれ!」
「え……? あ、はい、わかりました!」
俺はちょっとした違和感を覚えつつ、みんなの先頭に立って研究所へ足を踏み入れた。
するとその瞬間、
「これ、は……っ!?」
なんとも言えない『嫌な感じ』が、足元からズズズッとせり上がってきた。
(このどこか懐かしいような気持ち悪い感覚……)
間違いない、アイツだ。
「どうしたの、アレン?」
研究所の入り口で立ち尽くす俺に対し、リアはコテンと小首を傾げた。
どうやら彼女には、この感覚が伝わっていないようだ。
「……もしかしたら、スポットを見つけたかもしれない」
「ほ、ほんと!?」
「あぁ。なんというか、とても嫌な気配を感じるんだ……。これを辿っていった先に、スポットがあるはずだ」
「『嫌な気配』……?」
「確信はないけど……多分『ドドリエルの霊力』だと思う」
俺とリアがそんな話をしていると、
「その嫌な気配――ドドリエルの霊力というものが、僕たちには全くわからないが……。人外のアレンが言うんだ。きっと間違いないだろう!」
セバスさんはそう言って、太鼓判を押してくれた。
「ど、どうも……」
なんというか……あまり嬉しくない信用のされ方だった。
その後、ドドリエルの霊力を辿ってひたすら研究所の奥へ進んで行くと――かつてリアが拘束されていた地下牢に行き着いた。
「ここ……いや、この先だ……!」
「こ、『この先』って言っても……道なんかないよ?」
リアの言う通り――確かにこの地下牢は、四畳ほどの小さな部屋だ。
しかし、奴の霊力は、間違いなくこの先から発せられている。
「悪い、ちょっと下がっててくれ」
俺は一言だけそう断りを入れてから、目の前の土壁に向かって斬り掛かった。
「――ハッ!」
その結果、目の前の壁はいとも容易く崩れ落ち、
(……やっぱりな)
その先には――俺の予想した通り、ぽっかりと空いた大きな空間が広がっていた。
「「か、隠し部屋……!?」」
リアとローズは大きく目を見開き、
「お、おい、見ろ……! 部屋の中央に、なんかそれっぽいのがあるぞ!?」
「というか、間違いなくこれがスポットだと思うんですけど……!?」
「さすがは人外……。感覚まで化物染みているようだな……」
先輩たちは興奮した様子で、隠し部屋の中央に渦巻く黒い影へ視線を向けた。
「……この黒い影から、ドドリエルの強い霊力を感じます。まず間違いなく、これが奴の作り出したスポットでしょう」
俺だけがドドリエルの霊力を感知できた。
その事実は、奴と繋がっているみたいでちょっと気持ち悪い。
でもまぁ……今回はそれが役に立ったから、あまり気にしないようにしよう。
「ここから先はあの悪名高い神聖ローネリア帝国だ。無事に帰れる保証なんて、はっきり言ってどこにもない。みんな――『覚悟の準備』はいいか?」
俺が最後にそう確認をとれば、
「今でも危険過ぎると思うけど……。アレンが行くというのなら、私はどこへでも付いて行くわ!」
「神聖ローネリア帝国……桜華一刀流を高める相手として、これ以上の敵はない!」
「一人で勝手に突っ走ったあの馬鹿シィを……引きずってでも連れ帰ってやる!」
「お別れも言えずにさようならなんて……絶対にあり得ないんですけど……!」
「僕は会長の騎士だ。彼女のためなら、地獄の底まで付き合おう!」
みんなはそう言って、それぞれの強い覚悟を口にした。
「よし――それじゃ、行こう!」
そうして俺たちは、ドドリエルの作ったスポットへ一斉に飛び込んだのだった。