アレン細胞と政略結婚【二十三】
スポットの位置を掴んだ俺たちは、その流れのままレインから重要な情報をたくさん聞くことができた。
大貴族ヌメロ=ドーランの特徴と屋敷がある場所。
神聖ローネリア帝国の大まかな地理に目印となる建物。
黒の組織の総本部、ベリオス城の簡単な内部構造。
さすがは神託の十三騎士というべきか、彼は本当に多くのことを知っていた。
「――さて、他に聞きたいことはあるか?」
「いや、もう十分だ。ありがとう、本当に助かった……!」
まさかここまで上手くことが運ぶとは、夢にも思っていなかった。
「ふっ、気にするな。少しでもアレンの役に立てたなら、これ以上嬉しいことはない」
レインはそう言って、どこか満足気に笑う。
「あの神託の十三騎士が、どうしてアレンくんにこれほど協力的なのかは気になるけど……。とにかく、これで一気に道が開けたな!」
レインと面識がないため、静かに話を聞いていたリリム先輩は、興奮した様子でグッと拳を握り締める。
「後は結婚式の開かれる場所と時間さえわかれば、完璧なんですけど……?」
それに続いて、フェリス先輩は控え目にそんな質問を投げ掛けた。
「悪いが、さすがにそこまではわからん……。なにせ俺はここ数か月、ずっとこの地下牢に囚われているからな」
レインは渋い顔で肩を竦めた。
まぁ、これについては仕方がない。
外部と全く連絡の取れないこの状況で、黒の組織の動向を知っているわけがない。
(フェリス先輩の言う通り、後は『式場』と『時間』だけだな……)
こればっかりは帝国に乗り込んでから、現地で情報収集するしかないだろう。
俺がそんなことを考えていると、
「――結婚式場はヌメロの本宅。挙式の時間は、帝国の標準時で十二時。時差を考慮すれば、だいたい後十時間ぐらいっすね」
予想外のところから、とんでもない情報が転がり込んできた。
「く、クラウンさん……?」
「ボクだって、ちょっとした情報網は持っているんすよ? まぁリゼさんには遠く及びませんが……」
「い、いえ、そうじゃなくて……。協力してくれるんですか……?」
確か彼は、俺たちの帝国行きを強く反対していたはずだ。
「そうっすねぇ……。言ってみればこれは、さっき『予想外の方法』でボクに勝った『特殊勝利ボーナス』っす!」
ふざけたことを言いつつも、クラウンさんの目は真剣そのものだった。
「アレンくん、君は自分が思っているよりずっと『重要な位置』に立っている。こんなところで死ぬなんて、絶対にあってはならない――そんなことは誰も望んでいない。ですから、何があっても無事に帰ってきてくださいね?」
「わ、わかりました……っ」
正直、何を言っているのかあまりよくわからなかったけど……。
どうやら彼は彼なりの方法で、応援してくれているようだった。
こうして全ての準備が整ったところで、
「できれば、俺も一緒に同行したいんだが……」
レインはそう呟きながら、ジッとクラウンさんへ視線を向けた。
「い、いやいやいや……さすがにそれは無理っすよ? 独断で神託の十三騎士を釈放して、しかも帝国へ送り出すなんて……。そんなことが本部にバレたら、ボクの首なんか一発で飛んじゃいますから……。いやそれどころか、黒の組織に加担した大犯罪者として投獄間違いないっす!」
彼は千切れそうな勢いで、首を左右に振った。
やはりたとえ一時的とはいえ、レインの釈放は現実的ではないらしい。
「すまんな、アレン。これ以上は、力になることができないらしい……」
「いや、十分助かったよ。ありがとう」
彼のおかげで、これ以上ないほどの準備ができた。
(後は、俺たちがどれだけ頑張れるかだな……)
その後、レインと別れた俺たちは地下牢獄の出口へ――あの螺旋階段を目指して、早足に進んだ。
(クラウンさんの情報によれば、結婚式が始まるまで後十時間……)
ここからドレスティアへは、急げば三時間ぐらいで着く。
それから幻霊研究所リーンガード支部に向かって、そこに隠された『スポット』を見つけ出す。
(……あまり時間的余裕はなさそうだな。少し急ぐか……)
そんなことを考えながら、地下牢獄の長い廊下を歩いていると、
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
リリム先輩はとある牢屋の前で足を止め、大きな声でそう叫んだ。
その顔は驚愕に染まっており、尋常の様子ではない。
「ど、どうしたんですか……?」
「こ、こいつを見てくれ……!」
彼女はそう言って、目の前の牢屋を指差した。
その先には――白黒ボーダーの囚人服を纏った若い男が囚われている。
パイプベッドに腰掛けた彼は、まるで石像のようにピクリとも動かない。
それに加えて、伸び切った茶髪のせいで顔を見ることすらできない。
それなのに……なんだかどこかで見たことがあるような気がした。
すると、
「おい、お前……! もしかして……『セバス』じゃないか!?」
リリム先輩はそう言って、これまたどこかで聞いたことのある名を口にしたのだった。