アレン細胞と政略結婚【二十一】
支部長室を退室した俺たちは受付に向かい、そこで静かにクラウンさんを待った。
それからおよそ五分後、
「――すみません、お待たせしました」
何故か新しい服に着替えたクラウンさんが姿を現した。
仕事を済ませたことによる解放感からか、先ほどと打って変わって清々しい表情を浮かべている。
「い、意外ね……。まさか本当に来るとは……」
「あぁ、アレンの言う通りだったな……」
先ほどから「絶対に来ない」と主張していたリアとローズは、予想外の結果に驚いているようだった。
「いやだなぁ、リアさんもローズさんも……。約束はちゃんと守りますってば」
クラウンさんはそう言って、パタパタと右手を振った。
「さっ、それじゃ早速オーレスト地下牢獄へ行きましょうか」
「はい、お願いします」
そうして俺たちは、クラウンさんに案内されて地下牢へ向かった。
長い廊下を真っ直ぐ進み、突き当たりを左へ。
その後は、狭く細い道を右へ左へと曲がっていく。
(まるで迷路みたいだな……)
俺がそんなことを思っていると、
「いやぁ、先ほどからクネクネとすみませんね。ちょっとした脱獄対策みたいなものなんで、ご理解いただけると幸いっす」
彼はそう言って、ちょっとした説明をしてくれた。
「なるほど、そういう意味があったんですね」
この複雑な造りは、あえてそういう風にしているようだ。
そうしてしばらく歩いていくと、前方に厳めしい大きな黒い扉が飛び込んできた。
扉の両脇には二人の看守らしき人が立っており、静かにこちらへ一礼した。
「ちょっと待っててくださいねぇ……っ」
クラウンさんはそう言って、何重にも施錠された扉の鍵を開けていく。
南京錠に閂、番号式のシリンダー錠にごく普通の錠前――全ての鍵が開けられたところで、扉はギィッと薄気味悪い音を立ててゆっくりと開いた。
「これでよしっと……。中はちょっと薄暗いんで、足元とか気を付けてください」
彼は一言だけそう注意を発し、扉の奥に続く螺旋階段を降りていった。
俺たちもすぐその後へ続く。
(……確かに暗いな)
壁に埋め込まれた照明が弱々しい光を放ち、足元がギリギリ見える程度の明るさしかない。
しかも階段の幅は狭く、なんとか二人が通れる程度だ。
カツンカツンと靴の音が鳴り響く中、
「ねぇ、アレンさん……知っていますか? ここって『出る』んですよ……」
クラウンさんは、ちょっとした話を振ってきた。
「……出る?」
「えぇ……。ここは地下牢獄という特性上、年に数人は自殺者がいます。多分、長い刑期に絶望してのことなんでしょうね……」
彼は複雑な表情でそう呟いた。
「高名な霊媒師の話によると、ここには自殺した囚人たちの怨霊がひしめき合っているそうです……。実際数多くの看守が『殺してやる……』『憎い……っ』『ねぇ、一緒に行こう?』という声を聞いています。アレンさん、もし妙な声が聞こえても絶対に反応しちゃ駄目ですよ……? もしかすると『あちらの世界』へ連れていかれちゃうかもしれませんから……」
クラウンさんはそう言って、ニィッと不気味な笑みを作った。
「なるほど、そういうこともあるんですね……。一応、気を付けておきます」
世の中には科学で解明されていないことがたくさんある。
用心しておいて損はないだろう。
「……ありゃ、全然平気っぽいっすね。もしかしてこういう怪談とか、けっこう得意なんすか?」
「あはは。別に得意ではありませんが、不得意というわけでもないですね。ただ……」
俺がチラリと背後を振り返るとそこには、
「「……っ」」
恐怖のあまり言葉を失ったリアとローズの姿があった。
二人はカタカタ震えながら、俺の服の袖や腕をがっしりと掴んでいる。
「……リア、ローズ。怖いんだったら、外で待っていてもいいんだぞ?」
「べ、べべべ、別に怖くないわ! た、ただちょっと……背中がゾクゾクするだけよ……っ!」
「こ、こここ、この私が怨霊を怖がっているだと……!? け、剣士を侮辱するのもいい加減にしろ……っ!」
二人は毅然とした態度でそう言いつつ……その手はギュッと俺を掴んで離さなかった。
どうやら今の話がよほど怖かったようだ。
「わかったわかった。俺が悪かったよ」
俺は苦笑いを浮かべながら謝り、そのまま階段を降りていく。
「あっ、ちょ、ちょっと……。そんなに速く歩かないでよ……っ!」
「な、何か明るい話をしてくれてもいいんだぞ……!?」
その後、クラウンさんの後に続いてしばらく進むと、
「――さっ、着きましたよ。ここがオーレスト地下牢獄っす」
そこにはイメージ通りの『地下牢獄』が広がっていた。
どこまでも続く真っ直ぐな通路、その左右には四畳ほどの狭い牢屋があった。
中には簡単なトイレとパイプベッド、それから小さな木の机が置かれているだけだ。
鉄格子がない代わりに透明なガラスの仕切りがなされている。
おそらく強化ガラスの類だろう。
すると、
「「ひぃ……っ!?」」
リアとローズが同時に悲鳴をあげる。
二人の視線の先には、囚人たちの姿があった。
人の好い笑みを浮かべた老爺。
壁に向かってブツブツと何かを話し続ける中年の男性。
ただ無言でガラスを叩き続ける若い女性。
なんというか……とても異質な空間が広がっていた。
「――あまり目を合わせちゃ駄目っすよ。引き込まれちゃいますから」
クラウンさんは一言だけそう忠告を発すると――囚人たちの存在を気にも留めず、ただ真っ直ぐに通路を進んだ。
俺たちもそれに倣って、囚人に目を向けないようにして彼の後を追う。
そのまましばらく歩けば、とある牢屋の前でクラウンさんが足を止めた。
「さっ、ここですよ」
そこには一人の男が収容されていた。
年は三十代後半ぐらいだろう。
二メートル近い巨躯。
オールバックにされた短い濃紺の髪。
眉骨が高く、ギョロリとした威圧感のある目と大きな口――野獣のような野性味のある顔には、無精髭が伸びている。
白黒ボーダーの囚人服。
首元には傷んだ灰色のマフラーが何重にも巻かれており、サイズの合っていないそれは少し不格好だった。
「ん……おぉっ!? 久しいな、アレン=ロードルではないか!」
神託の十三騎士――レイン=グラッドがそこにいた。