アレン細胞と政略結婚【十六】
俺が神聖ローネリア帝国へ乗り込むと宣言すると、
「わ、私も行くぞ! こんな形でシィと別れるなんて、絶対に嫌だからな!」
「当然、私も一緒に行くんですけど……!」
リリム先輩とフェリス先輩がすぐに賛同の意を示した。
しかしその一方で、
「ちょ、ちょっと待ってよ、アレン! いくらなんでも危険過ぎるわ!」
「リアの言う通りだ! もしも下手を打てば、会長はおろか『リーンガード皇国』全体を危険に晒すことになるぞ!」
リアとローズは揃って反対の声を上げた。
「危険は承知の上だ。それに『貴族は命よりも面子を大事にする』……だろ?」
「「……っ」」
俺がロディスさんの言葉を借りると、二人は黙り込んだ。
「俺たちのような『学生』に結婚式が潰されたら、貴族の面子なんか丸潰れだ。ヌメロ=ドーランは、必死になって隠蔽するだろうな」
会長の奪還に成功した場合、ヌメロは自分の面子を守るためにその事実を闇へ葬るに違いない。
(口封じに奔走するのか、別の結婚相手を立てるのか。いったいどんな手法を取るのかはわからないけど……)
とにかく『花嫁が奪われた』という不都合な事実は、なんとしても揉み消すはずだ。
そして万が一失敗した場合、結婚式はなんの問題もなく執り行われ、俺たちの襲撃はなかったことにされる。
その結果、残るのは皇国と帝国の上辺だけの友好関係。
つまりどちらの場合でも、国に迷惑を掛けることはない。
「でも……いったいどうやって帝国へ侵入するつもりなの? 陸路も空路も使えないし、ドドリエルの作った『スポット』の在処だってわかってないのよ?」
リアは鋭くそう指摘した。
「そ、それは……っ」
彼女の言う通り、移動手段はとても大きな問題だ。
(確かロディスさんは、帝国までの直通スポットを押さえているという話だった。彼と一緒に行けたら、一番確実なんだけど……)
ロディスさんはこの一件を『アークストリア家の問題』と言い切っていた。
俺たちが再度協力を申し出たところで、突っぱねられるのが関の山だろう。
(くそ、何かいい方法はないのか……っ)
そうして俺が頭を悩ませていると、
「――そうだ! いっそのこと『血狐』を頼るのはどうだ? ロディスさんだって、リゼ=ドーラハインからスポットの在処を教えてもらったそうじゃないか!」
リリム先輩は、名案を思い付いたとばかりに手を打った。
するとその直後――リア・ローズ・フェリス先輩は、即座に首を横へ振った。
「……先輩。さすがにそれだけは、やめておいた方がいいですよ」
「リアの言う通りだ。アレに関わっても碌なことがない……」
「そもそも血狐に会うためには、数か月以上前からアポイントを取り付ける必要があるんですけど……」
「そ、そっか、やっぱそうだよな……。ごめん、今のは忘れてくれ……」
真っ向から否定されたリリム先輩は、しょんぼりと肩を落とした。
「い、いやでも……俺が行ったときはすぐに会えましたよ?」
リアがザク=ボンバール・トール=サモンズの二人に誘拐されたとき、リゼさんはすぐに会ってくれた。
あのときはとても切羽詰まっていたから、もちろんフェリス先輩が言うようなアポイントなんて取っていない。
すると横合いから、ローズが口を開く。
「……アレは例外中の例外と考えるべきだ。何と言ったってあの天子様でさえ、血狐に会うのには長い時間を要するんだからな」
「そ、そうなのか……?」
俺がそう質問を投げると、全員がコクリと頷いた。
どうやらリゼさんと会うのは、現実的にかなり難しいようだ。
その後、みんなで必死に知恵を振り絞ったが……結局まともな案は出なかった。
無情にも時間だけがどんどん過ぎていき、焦燥感がジワジワと湧き上がってくる。
(くそ……っ。こうしている今だって、会長はつらい思いをしているのに……っ)
俺は強く拳を握り締め、必死になって頭を回した。
(皇国から帝国までは距離がある……。とてもじゃないが、泳いで行くのは不可能だ……っ)
かといって、飛行機と船は使えない。
国の定める渡航禁止国へ向かう便なんて、そもそも存在しない。
(そうなるとやはり、移動手段としてドドリエルのスポットが必要不可欠になる……っ)
しかも、問題はそれだけじゃない。
運よく帝国まで直通のスポットを見つけたとして、その後はどうする?
神聖ローネリア帝国の地理について何も知らない俺たちでは、ヌメロの居場所を突き止めることは難しい。
つまり今探すべきは……スポットの場所を知っており、それでいて帝国の地理に明るい人だ。
(…………そんなの……無理に決まってるだろ)
小さな子どもにだってわかる。
世の中、そんなにうまくできていない。
そんな都合のいい人なんて、そうそういるわけがない。
(くそ、今回ばかりは打つ手なしか……っ)
そうして俺が歯を食いしばっていると、
「……雨、降ってきたね」
リアは窓の外を見ながら、ポツリとそう呟いた。
耳を澄ますと、ポツポツと小さな雨粒が窓を叩く音が聞こえた。
見れば外は一面の曇り空。
まるで俺たちの絶望的な状況を暗示しているかのようだった。
(……雨、か。…………待てよ、『雨』!?)
その瞬間、俺の脳裏に電流が走った。
(…………いた。そうだ、いるじゃないか……っ!)
『たった一人だけ』これ以上ないほどの人がいた。
帝国の地理に明るく、黒の組織に詳しいあの男ならば――きっとスポットについても何か知っているはずだ!