アレン細胞と政略結婚【十三】
レイア先生が部屋を出た後、俺たちは顔を見合わせた。
天子様から預かった大事な書類・ゆっくりお昼ご飯を食べる・仕事机――これは『私のいない間に仕事机を漁れ』という先生からのメッセージだ。
(『五学院の理事長』という立場上、表立って異を唱えることはできないようだけど……)
どうやらこの件については、彼女も納得していないようだ。
(先生……ありがとうございます)
それから俺たちは、すぐに仕事机を漁り始めた。
その数分後――全く整理整頓されていないぐちゃぐちゃの引き出し、その最奥に『極秘』と印字された書類を見つけた。
「こ、これだ……!」
「でかしたぞ、アレンくん!」
「は、早く内容を見たいんですけど……!」
俺はその書類を机の上に広げ、みんなはそれを食い入るように見つめた。
するとそこには――とんでもないことが記されていた。
「政略……結婚……?」
それはアークストリアの家の長女シィ=アークストリアと大貴族ヌメロ=ドーランの政略結婚を企画したものだった。
その目的は神聖ローネリア帝国との関係を一時的に改善し、戦争の開始を遅らせること。
早い話が――ほんのわずかな『時間稼ぎ』だ。
「ヌメロ=ドーラン、この名前、聞いたことがあるぞ……!」
「数年前からシィにしつこく求婚していた、ローネリアの大金持ちなんですけど……っ」
リリム先輩とフェリス先輩が険しい顔つきでそう言うと、
「『ドーラン家』か……。また厄介な相手に目を付けられていたのね……っ」
リアは嫌悪感をにじませながら、苦々しい表情でそう呟いた。
「リア、何か知っているのか?」
「えぇ……。神聖ローネリア帝国で、鉱山業を取り仕切る大貴族よ。『霊晶石』や『ブラッドダイヤ』を高値で売りさばき、莫大な財を築いているわ」
それから彼女は、記憶を手繰るようにして語る。
「数年前ヴェステリア王国と神聖ローネリア帝国で、会談の場をもったときに一度見たことがあるわ。欲深い目付きに丸々と肥えた体……。後で聞いた話なんだけど、女性をまるで道具のように扱う最低最悪の男って話よ……っ」
「「「「……っ」」」」
最後に付け足された情報によって、一気に部屋の空気が重たくなる中、
「……つまり会長はほんの僅かな時間を稼ぐため、ローネリアへ売り渡されたということか」
ローズがそう言って、簡潔に話をまとめた。
すると、
「こ、こんなの絶対おかしいぞ! あの『親バカ』が、シィの結婚なんて認めるわけがない!」
「ロディスさんのところへ行って、ちょっと事情を聞きたいんですけど……!」
リリム先輩とフェリス先輩は、語気を荒げて叫んだ。
(……確かに二人の言う通りだ)
ロディスさんは、会長を心の底から溺愛していた。
そんな彼が政略結婚なんて、黙って見過ごすわけがない。
(もし『上』からの命令で、『アークストリア家』として拒否できなかったとしても……)
きっとあの人ならば、どんな手を使ってでも会長を助け出そうとするはずだ。
「一度当たってみる価値は、十分にありそうですね……」
「あぁ、行くぞ!」
「授業なんて受けてる場合じゃないんですけど……!」
そうして俺たちは、会長の父ロディス=アークストリアと会うために行動を開始したのだった。
■
その後、三限以降の授業を抜け出し、俺たちは会長の自宅へ向かった。
(ここに来るのは、半年前の夏合宿以来だな……)
まさかこんな暗い気持ちで、再び訪れることになるとは思ってもみなかった。
立派な扉をノックして、少しその場で待っていると――ロディスさんがヌッと顔を出した。
ロディス=アークストリア。
白髪交じりの短く整えられた黒髪と立派に蓄えた顎鬚。
身長は百八十センチほどだろう。
暗い緑色の着物に黒の羽織が良く似合っている。
鍛え抜かれた体は、着衣の上からでも見て取れるほどだ。
左の瞼には、斬られたような古傷が残っており、どこに出しても恥ずかしくない強面だろう。
「――ロディスさん、慶新会以来ですね。少しお時間をいただけますか?」
「アレン=ロードル……とシィのお友達か」
彼は怨敵を睨み付けるようにこちらを見た後、その後ろにいるリアたちへ視線を向けた。
「悪いが、今は時間がない。また日を改めてくれ」
ロディスさんがそう言って、扉を閉めようとしたその瞬間――ローズがサッと玄関口に足を挟み込んだ。
こういう咄嗟の行動力は、さすがというほかない。
彼女が作ってくれた時間を無駄にしないよう、俺は素早く用件を口にする。
「会長――いえ、シィさんが千刃学院を辞めたことについて、大事なお話があります」
「それは……『家庭の事情』というやつだ。シィは剣術の修業を積むため、海外へ留学することになった。貴様が口を挟むようなことではない。――帰れ」
まさに門前払いといった対応だ。
このままでは埒が明かないと判断した俺は、早速一枚手札を切ることにした。
「――ヌメロ=ドーランとの政略結婚」
すると次の瞬間、彼の眉根がピクリと動く。
「貴様、何故それを……っ」
ロディスさんは憤怒の表情で、凄まじい怒気を放った。
やっぱり政略結婚については、微塵も納得していないようだ。
「少なからず、事情は承知しているつもりです。ロディスさん、少しお話していただけませんか?」
「……入れ」
彼は短くそう言って、ギィと扉を開けたのだった。