表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/445

アレン細胞と政略結婚【十三】


 レイア先生が部屋を出た後、俺たちは顔を見合わせた。


 天子様から預かった大事な書類・ゆっくりお昼ご飯を食べる・仕事机――これは『私のいない間に仕事机を漁れ』という先生からのメッセージだ。


(『五学院の理事長』という立場上、表立って異を唱えることはできないようだけど……)


 どうやらこの件については、彼女も納得していないようだ。


(先生……ありがとうございます)


 それから俺たちは、すぐに仕事机を漁り始めた。

 その数分後――全く整理整頓されていないぐちゃぐちゃの引き出し、その最奥に『極秘』と印字された書類を見つけた。


「こ、これだ……!」


「でかしたぞ、アレンくん!」


「は、早く内容を見たいんですけど……!」


 俺はその書類を机の上に広げ、みんなはそれを食い入るように見つめた。


 するとそこには――とんでもないことが記されていた。


「政略……結婚……?」


 それはアークストリアの家の長女シィ=アークストリアと大貴族ヌメロ=ドーランの政略結婚を企画したものだった。

 その目的は神聖ローネリア帝国との関係を一時的に改善し、戦争の開始を遅らせること。


 早い話が――ほんのわずかな『時間稼ぎ』だ。


「ヌメロ=ドーラン、この名前、聞いたことがあるぞ……!」


「数年前からシィにしつこく求婚していた、ローネリアの大金持ちなんですけど……っ」


 リリム先輩とフェリス先輩が険しい顔つきでそう言うと、


「『ドーラン家』か……。また厄介な相手に目を付けられていたのね……っ」


 リアは嫌悪感をにじませながら、苦々しい表情でそう呟いた。


「リア、何か知っているのか?」


「えぇ……。神聖ローネリア帝国で、鉱山業を取り仕切る大貴族よ。『霊晶石』や『ブラッドダイヤ』を高値で売りさばき、莫大な財を築いているわ」


 それから彼女は、記憶を手繰るようにして語る。


「数年前ヴェステリア王国と神聖ローネリア帝国で、会談の場をもったときに一度見たことがあるわ。欲深い目付きに丸々と肥えた体……。後で聞いた話なんだけど、女性をまるで道具のように扱う最低最悪の男って話よ……っ」


「「「「……っ」」」」


 最後に付け足された情報によって、一気に部屋の空気が重たくなる中、


「……つまり会長はほんの僅かな時間を稼ぐため、ローネリアへ売り渡されたということか」


 ローズがそう言って、簡潔に話をまとめた。


 すると、


「こ、こんなの絶対おかしいぞ! あの『親バカ』が、シィの結婚なんて認めるわけがない!」


「ロディスさんのところへ行って、ちょっと事情を聞きたいんですけど……!」


 リリム先輩とフェリス先輩は、語気を荒げて叫んだ。


(……確かに二人の言う通りだ)


 ロディスさんは、会長を心の底から溺愛していた。

 そんな彼が政略結婚なんて、黙って見過ごすわけがない。


(もし『上』からの命令で、『アークストリア家』として拒否できなかったとしても……)

 きっとあの人ならば、どんな手を使ってでも会長を助け出そうとするはずだ。


「一度当たってみる価値は、十分にありそうですね……」


「あぁ、行くぞ!」


「授業なんて受けてる場合じゃないんですけど……!」


 そうして俺たちは、会長の父ロディス=アークストリアと会うために行動を開始したのだった。



 その後、三限以降の授業を抜け出し、俺たちは会長の自宅へ向かった。


(ここに来るのは、半年前の夏合宿以来だな……)


 まさかこんな暗い気持ちで、再び訪れることになるとは思ってもみなかった。


 立派な扉をノックして、少しその場で待っていると――ロディスさんがヌッと顔を出した。


 ロディス=アークストリア。


 白髪交じりの短く整えられた黒髪と立派に蓄えた顎鬚(あごひげ)

 身長は百八十センチほどだろう。

 暗い緑色の着物に黒の羽織が良く似合っている。

 鍛え抜かれた体は、着衣の上からでも見て取れるほどだ。

 左の(まぶた)には、斬られたような古傷が残っており、どこに出しても恥ずかしくない強面だろう。


「――ロディスさん、慶新会(けいしんかい)以来ですね。少しお時間をいただけますか?」


「アレン=ロードル……とシィのお友達か」


 彼は怨敵を睨み付けるようにこちらを見た後、その後ろにいるリアたちへ視線を向けた。


「悪いが、今は時間がない。また日を改めてくれ」


 ロディスさんがそう言って、扉を閉めようとしたその瞬間――ローズがサッと玄関口に足を挟み込んだ。


 こういう咄嗟の行動力は、さすがというほかない。


 彼女が作ってくれた時間を無駄にしないよう、俺は素早く用件を口にする。


「会長――いえ、シィさんが千刃学院を辞めたことについて、大事なお話があります」


「それは……『家庭の事情』というやつだ。シィは剣術の修業を積むため、海外へ留学することになった。貴様が口を挟むようなことではない。――帰れ」


 まさに門前払いといった対応だ。


 このままでは埒が明かないと判断した俺は、早速一枚手札を切ることにした。


「――ヌメロ=ドーランとの政略結婚」


 すると次の瞬間、彼の眉根がピクリと動く。


「貴様、何故それを……っ」


 ロディスさんは憤怒の表情で、凄まじい怒気を放った。

 やっぱり政略結婚については、微塵も納得していないようだ。


「少なからず、事情は承知しているつもりです。ロディスさん、少しお話していただけませんか?」


「……入れ」


 彼は短くそう言って、ギィと扉を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ