アレン細胞と政略結婚【十二】
一限二限と魂装の授業を終えた俺は、リアとローズと一緒に生徒会室へ向かった。
その目的はもちろん――今年度第一回目の定例会議こと『お昼ご飯の会』に出席することだ。
「会長たちに会うのは、少し久しぶりだな」
「そうね、ちょっと楽しみ」
「ふっ、そうだな」
三人でそんな話をしながらしばらく歩けば、生徒会室に到着した。
少し懐かしい思いで目の前の扉をノックすると、
「――あ、アレンくんか!?」
リリム先輩が泡を吹きながら飛び出してきた。
「は、はい。どうしたんですか、そんなに慌てて……?」
「た、たたた大変なんだ! とにかく大変なんだよ!」
彼女は俺の両肩をがっしりと掴み、激しく前後に揺する。
何があったのか知らないけれど、明らかに尋常の様子じゃない。
「お、落ち着いてください……っ。とにかく、一度中に入りましょう」
このままリリム先輩に流されていては、話が先に進まない。
俺は彼女の手を取って、一旦生徒会室に入った。
部屋の中には、意気消沈した様子のフェリス先輩がソファに座っていた。
(彼女のあの落ち込みよう……どうやら本当に『大変』なことが起きているようだな……)
その後、リリム先輩をソファに座らせてからさっきの話を再開した。
「それで……いったい何があったんですか?」
俺がそう問い掛けると、
「シィが……千刃学院を辞めたんだ……っ!」
彼女はとんでもないことを口にした。
「……は?」
一瞬、リリム先輩が何を言っているのか理解できなかった。
「う、嘘でしょ……!?」
「ど、どういうことだ……!?」
リアとローズも動揺を隠せない様子だ。
「朝のホームルームで、私たちの担任がはっきりと言ったんだ……。シィ=アークストリアは千刃学院を辞めたって……っ」
リリム先輩は今にも泣き出しそうな顔で、ポツリポツリと言葉を紡いだ。
「か、会長が学院を辞めるなんて……何かの間違いじゃないんですか?」
俺がそう問い掛けると、彼女は静かに首を横へ振った。
「……シィの部屋も完全にもぬけの殻だった。退寮手続きももう済んでるって……」
「そん、な……」
重苦しい空気が生徒会室を圧迫する。
(最後に会長を見たのはそう――慶新会のときだ)
あのときは至って普通、いつも通りの彼女だった。
(となると一月一日から一月七日、この一週間の間に『何か』があったんだ……)
会長が千刃学院を辞めなければならないほどの『何か』が。
「……とりあえず、詳しい話を聞きに行きましょう」
「聞くって……誰に?」
「もちろん、レイア先生にですよ」
千刃学院が理事長――レイア=ラスノート。
彼女ならばきっと何か知っているはずだ。
いや、知らなければおかしい。
「彼女ならば絶対に何か知っているはずです。――さぁ、行きましょう!」
そうして俺は、リアにローズ、それからリリム先輩とフェリス先輩と一緒に理事長室へ向かったのだった。
■
理事長室の前に着いた俺は、黒い扉を素早く三度ノックした。
「――入れ」
レイア先生の硬質な声が響き、俺たちはぞろぞろと中へ入る。
「……君たちか」
部屋の最奥――仕事机に着いた彼女は、こちらを一瞥してそう言った。
俺は全員を代表して質問を投げ掛ける。
「先生。会長が千刃学院を辞めたというのは、本当ですか?」
「……あぁ、二日ほど前に中途退学の手続きをしていったよ」
「「「「「……っ」」」」」
そのあまりに残酷な現実に、俺たちはみんな言葉を失ってしまった。
どうやら本当に……会長はこの学院を辞めたようだ。
誰にも別れを告げず、たった一人で。
すると、
「ど、どうしてですか? 理由を教えてください!」
「シィが自分の意思で辞めたなんて……到底信じられないんですけど……っ!」
リリム先輩とフェリス先輩は、必死の形相で問い詰めた。
会長との付き合いが長い分、この状況が信じられないようだ。
(でも……フェリス先輩の言う通りだ)
会長はいつも本当に楽しそうだった。
『生徒会長』という地位を十全に利用して、学生生活を誰よりも満喫していた。
そんな彼女が、自分の意思でここを辞めただなんて信じられない。
「……すまんな。この件について、私の立場からは何も話せない」
『私の立場』――すなわち五学院の理事長として、発言できないということはつまり……。
「この一件、政府の意図が絡んでいるということですね……?」
俺が一歩踏み込んだ質問をすると、
「……」
先生は視線をそらして黙り込んだ。
沈黙――それは何よりも雄弁な『答え』だった。
どうやら会長は、リーンガード皇国の都合によって千刃学院を辞めさせられたようだ。
「……悪いな。この一件について、私はかかわることができない」
先生はそう言うと――俺たちの横を通り抜け、出口の方へ歩いていった。
「ど、どこへ行くんですか!?」
「レイア、逃げないでよ!」
俺とリアが食って掛かったところで、
「……おや、天子様から預かった『大事な書類』がないぞ? これは困ったな。あれが流出すれば、私の首が飛んでしまう……。仕方ない、ゆっくり昼飯を食ってから『仕事机』を探してみるか」
先生はわざとらしくそう言って、理事長室を後にしたのだった。