アレン細胞と政略結婚【十】
俺の姿を確認したアイツは、ゆっくりと立ち上がり黒剣を握り締めた。
それと同時に、背筋の凍るような凄まじい殺気が皮膚を刺す。
やる気満々のようだが……それでは少し困る。
「ま、待て待て、今日は『そういう』ので来たんじゃない! ちょっと話がしたいだけだ……!」
「……話だぁ゛?」
「あぁ。そんな毎回毎回、顔を合わせるたびに戦わなくたっていいだろ?」
俺が戦う気がないことを伝えると、
「……ちっ。つまらねぇ話だったら、すぐにでもぶっ殺すからな」
奴はあからさまに大きな舌打ちをして、巨大な岩石にどっかりと座り込んだ。
どうやら意外にも、話し合いに応じてくれるらしい。
「それじゃ、一つ確認しておきたいんだが……。お前の名前は『ゼオン』でいいんだよな?」
「当たり前だろうが……。霊核の名を呼び、力を借り受ける――それが魂装ってもんだ」
ゼオンは短くそう言って、ギロリとこちらを睨み付けた。
(や、やっぱり『仲良くお話』ってわけにはいかないな……)
これ以上機嫌を損ねないうちに、早いところ聞きたいことを聞いてしまおう。
「なぁゼオン。あの魔族――ゼーレ=グラザリオが言っていたことなんだけど、『ロードル家の闇』ってどういう意味だ? これはお前の闇じゃないのか……?」
俺は漆黒の闇を右手に浮かび上がらせながら、そう問い掛けた。
すると、
「…………てめぇのそれは、正真正銘の俺の闇だ」
少し間があってから、奥歯に物が挟まったような煮え切らない返答が返ってきた。
(これは……なにか隠しているな……)
ゼオンらしくない、歯切れの悪い回答。
どうやらこいつは、あまり嘘が上手じゃないらしい。
(だけど、ここで深く追及したところで、正直に話すとは思えない……)
――この闇にはなにか秘密がある。
しかもあのゼオンが隠したがるほどの秘密が……。
それを知れただけでもかなり大きな収穫だ。
(あまり一つの質問を深追いせず、テンポよく次の質問へ移った方がよさそうだな……)
そう判断した俺は、すぐに別の問いを投げ掛ける。
「そうか。それじゃ、どうしてゼーレはお前のことを知ってたんだ? もしかして、知り合いだったのか?」
「さぁな゛。あんな羽虫みてぇな弱い魔族、いちいち覚えてねぇよ」
今度は即座に返事が返ってきた。
「なるほど……」
どうやら本当に、ゼーレのことは何も知らないらしい。
(つまり、向こうから一方的に知られているというわけか……。もしかしてゼオンは、魔族の間で有名な霊核なのか……?)
俺がそんなことを考えていると、
「おぃ゛、てめぇにも一個聞きてぇことがある」
珍しいことに奴の方から話を振ってきた。
「あ、あぁ。なんでも聞いてくれ」
予想外の展開に少し驚きつつ、質問を促す。
「なぁ゛、クソガキ……。てめぇはいったい、いつまでそんな『ぬるま湯』につかってるつもりだ……?」
「……ぬるま湯?」
ゼオンの言わんとしているところが、よくわからなかった。
「せっかく必死こいて、俺の力を『ほんの少し』奪ったってのによぉ゛……。まともに使おうとしねぇってのは、どういう了見だ……あ゛ぁ?」
「……え? いや、俺はちゃんとお前の闇と黒剣を使っているぞ?」
俺がそう答えると、ゼオンは大きなため息をつく。
「はぁ……。てめぇは馬鹿か? そのなよっちい目を見開いて、ちゃんと『力の本質』を見極めろ。てめぇには成長してもらわねぇと、こっちもいろいろと困んだから……よぉ゛!」
「っ!?」
奴が雄叫びを上げると同時に――俺は反射的に地面を蹴り付け、大きく後ろへ跳んだ。
次の瞬間、目と鼻の先を黒い閃光が走る。
(危、な……ッ!?)
後コンマ一秒でも反応が遅ければ、そのままお陀仏だった。
「くっだらねぇ話は、ここで終わりだ。さっさと剣を抜かねぇと……一瞬で終わるぞ?」
ゼオンはそう言って、恐ろしく冷たい闇を身に纏う。
その手にはいつの間にか、黒剣が握られていた。
どうやら有無を言わさず、殺るつもりのようだ。
「くそ、結局こうなるのかよ……っ」
俺はすぐさま何も無い空間へ手を伸ばし、
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
奴と全く同じ漆黒の剣をしっかりと掴む。
「……行くぞ、ゼオン!」
「さっさと来い、すっぱりとぶち殺してやるからよぉ゛……ッ!」
こうして俺とゼオンは、久しぶりに真剣勝負を始めることになったのだった。