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アレン細胞と政略結婚【九】


 必死の抵抗を見せるケミーさんを引きずり、リーンガード宮殿へ到着した俺とリアは、アレン細胞と新薬について天子様へ報告する。

 彼女はすぐに新薬の大量生産を命じ、それらをポリエスタ連邦とロンゾ共和国へ安価で輸出することを約束してくれた。


 ケミーさんは渋々『一億ゴルド』を受け取って借金取りの元へ向かい、俺たちは久しぶりに千刃学院の寮へ戻った。


 その後――残り二日となった冬休みは、リアと一緒に初詣へ行ったり、初売りの食材を買い込んだりして穏やかに過ごした。


(本当は母さんやポーラさんのところに顔を出したかったけど……)


 呪いの治療法を発見するために二日ほど徹夜したせいか、リアの体調が万全ではなかった。


(ポーラさんの寮はともかく、ゴザ村まではそれなりに距離があるからな……)


 体調の優れない彼女を置いて一人で行く訳にもいかないし、かといって連れて行くわけにもいかない。

 少し残念だけど、母さんたちに会いに行くのは春休みに回すことにした。


 そうして迎えた一月七日。

 二週間の冬休みが終わり、今日からまた千刃学院での毎日が始まる。


「んー……いい天気だな」


 カーテンの隙間から差し込む日差しによって、俺は気持ちのいい朝を迎えた。

 時刻は早朝の七時、起きるにはちょうどいい時間帯だ。


(リアは……っと、あっちか……)


 台所からいいにおいが漂ってきた。

 どうやら彼女は、朝ごはんを作ってくれているようだ。


「――おはよう、リア。体調はどうだ?」


「あっ、おはようアレン。おかげさまで体はもうばっちり、心配してくれてありがとね」


「そうか、それならよかった」


 それから俺は手早く朝支度を済ませ、リアと一緒に千刃学院へ向かった。

 一年A組の扉を開けるとそこには――テッサをはじめとした大勢のクラスメイトの姿があった。


「おはよう、みんな」


 二週間ぶりに顔を合わせたクラスのみんなへ軽く挨拶をすると、


「――おぉ、やっときたか!」


「新聞見たぞ、アレン! なんでもまた凄ぇ活躍だったんだってな!」


「ねぇ、アレンくん……『魔族』ってそんなに強かったの? 宮殿の聖騎士はみんな、為す術もなくやられちゃったって噂だけど……」


「つーかよ、『アレン細胞』ってなんなんだ? 『呪いに対する特効薬』って、天子様から発表があったんだけど……まさかこれもお前が関係してるのか?」


 大量の質問が矢継ぎ早に繰り出された。


「え、えーっと……っ」


 その質問に一つ一つ答えていると――キーンコーンカーンコーンと朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。


 それと同時に教室の扉が勢いよく開かれ、レイア先生が姿を現す。


「――おはよう諸君! 早速、朝のホームルームを始めるぞ!」


 彼女はいつもと変わらず、元気溌溂(はつらつ)とした様子で簡単な連絡事項を口にした。


 なんでもクロードさんは、一度ヴェステリア王国へ帰国したとのことだ。

 リア専属の親衛隊隊長として、大事な会議に参加する必要があるそうだ。

 一応今週中には、リーンガード皇国へ戻る予定らしい。


「――さて、連絡事項はだいたいこんなところだな。それでは一限の授業へ……と行きたいところだが、その前に私からもう一つだけ話がある」


 先生はそう言うと、俺の方へ視線を向ける。


「――アレン、天子様が君のことをえらく褒めていたぞ? 魔族ゼーレ=グラザリオの撃退に、大きく貢献したそうじゃないか!」


「え、えーっと……っ」


 急に話を振られた俺は、返事に困ってしまった。 


「リーンガード宮殿が強襲されるという前代未聞の緊急事態――私も援護に向かいたかったんだが……。ちょうどその頃、千刃学院の教師は全員『桜の国チェリン』へ慰安旅行に行っていてな。どうにもこうにも身動きが取れなかったんだよ……」


 レイア先生は申し訳なさそうな表情で、「すまない」と謝罪の言葉を口にした。


「いえ、気にしないでください。あんなこと誰にも予想できませんから」


 あれは本当に歴史的な大事件だった。

 なんの前触れもなく、突然天子様の御所が奇襲を受けるなんて……リーンガード皇国の長い歴史を見てもきっと初めてのことだろう。

 そんな異常事態に備えろというのは、あまりにも無茶な話だ。

 当然ながら先生にだって休暇は必要だし、年末年始の休みを利用して慰安旅行へ行くのもなんらおかしくない。


「そう言ってもらえると、少し気が楽になるよ。――しかし、本当によくやってくれたな。千刃学院の理事長として、とても鼻が高いぞ!」


 彼女はそう言って、俺の肩をポンと叩いた。


「さて私からの話は、これで終わりだ。一限と二限は魂装の授業、これは新年一発目の大事な授業……気合を入れていくぞ!」


「「「はいっ!」」」


 そうして俺たちは、先生の後について魂装場(こんそうじょう)へ向かったのだった。



 魂装場へ移動した俺たちは、それぞれ精神集中させて霊核との対話を始める。


 今や霊晶剣を持つ生徒は、一人としていない。

 霊晶剣の補助がなくとも、自らの力で魂の世界へ入ることができるのだ。


(さてと……そろそろやるか)


 俺はゆっくり(まぶた)を落とし、意識を内へ内へ魂の奥底へと沈めていった。


 そうして目を開けるとそこには――一面荒涼(こうりょう)とした世界があった。


 枯れた木、枯れた土、枯れた空気。

 どこまでも水気なく、どこまでも味気ない世界が地平線の果てまで広がっている。


 目の前にそびえ立つ巨大な岩石を下から見上げると、そこには――凶悪な面構えのアイツ(・・・)が座っていた。


「――よぅ。こうして直接会うのは、久しぶりだな」


「……クソガキか。性懲(しょうこ)りもなく、またぶっ殺されに来たみたいだな……え゛ぇ?」


 こうして俺は、久しぶりに魂の世界でこいつとの対面を果たしたのだった。


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